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朝陽と骸骨  作者: 山藍摺
13/33

塞の河原にて―2

一ヶ月、お待たせいたしました……!



「ひぃやぁっはっはぁっ!」


 灰色の長髪を背に垂らし、くすんだ灰青の着物の老婆が豪快に笑う度に、首からさげた首飾りがじゃらじゃらと音をたてて揺れる。

 首飾りはどう見ても、細い紐に穴の空いた丸い硬貨をいくつも通しただけのようだ。ところどころ、気のせいか……小指の爪先の大きさの赤黒い骸骨のビーズ(?)がみられる。

 そんな見た目の老婆が、にたにたと朝陽を見やる。朝陽は圧倒され、先ほどから固まったままだ。見開かれた目の向かう先も、個性が強すぎる老婆から離せない。

 朝陽を釘付けにしている老婆は、ゆらゆらぁりと、朝陽に近づき、そして――


「ほーぅっ!」

「っ?!」


 一気に近付いて距離を詰め寄り、朝陽の顔を間近で覗き込んだ。黄色を帯びた灰色という不思議な色合いの瞳に、息をのんだ様子の朝陽が映っていた。

 如何様な手段を使ったかはわからないが、確かに老婆は一瞬にして移動してみせたのであった。

 流れについていけない朝陽をおいて、老婆は歌うように話し出した。まるで音が外れてとんでしまった少し昔のラジカセのように。

 足でタンタンとリズムを取りながら、老婆が舞い始めた。


「何だい何だぃ、湿気たツラしてんじゃあないよ、若い生娘が、ねぇっ!

 そんな、あんたに! おしぃえて、しんぜようかっ!」


 顔を離したかと思えば、節くれだった人差し指で、朝陽の鼻の頭をぐりぐりと押しつつ顔を近付ける。


「わしゃあ、エンマの母さぁ。わしゃあ、昔は次代の母だったのさあ! 今は見る影もないがね! はっ、あんたみたいに!」


 ぎょろ、と黄色を帯びた灰色の瞳が朝陽を見つめる。瞳は意外にも濁ってはいなかった。


「わしにも!」


 だあん! と老婆が跳ねた。

 老婆はまた一瞬にして朝陽から離れ、朝陽の回りをくるくる回りだした。

 朝陽はきょとんとして、目をしばたたきながら、目を離すまいと老婆を慌てて視線で追う。


「わしにも、あったのさっ」


 老婆は突如停止してびしぃ! と朝陽を指差した。朝陽はビクッと後ずさる。


「あんたみたい、にねっ! 生娘の頃があったのさぁっ!」

「あったのさ! ……まじに!?」


 小鬼があいの手を入れたが、すぐに驚きを露にして目をむけば、舞いながら着地する老婆の踵落としを見舞われた。げしっと乾いた音がした。


「……………」


 痛そう、と顔に浮かべた朝陽。しかし、老婆は何事もなかっかのように躍り続ける。

 老婆は目を細めて、そんな朝陽を見ながら片方の口角をあげ、きひっと笑い再び動き出した。

 意外に朗々と、よく響く声で老婆は歌い、回る。まるでミュージカルのようだった。

 ぱんぱん、と手拍子が朝陽の耳に届き始めた。朝陽が音の方を見やれば、体を左右に振りリズムをとりながら、小鬼が手を叩いていた。頭部に大きく痛そうな瘤ができていた。

 ――ぱぱん、ぱぱっ、ぱんぱん。

 灰色と水の濃い臭い世界で、小鬼の手拍子で老婆が舞い、まわり、踊る。


「数千年も昔の話っ!」

「え、婆さん何さ、い……ぐふっ」

「一言多いんだよっ!」


 再び踵落としが決まった。


「さあ、さあさあ!」


 だん、だだん!

 老婆が足でリズムをとり、跳ねた。

 それを境に、舞踏は再開する。

 ぱぱん、ぱばっ、ぱん。軽快なリズムに、朝陽も手を叩き始めた。ぱん、ぱん、ぱん。頭部から煙をぷすぷす発生させつつも起き上がってくる小鬼を心配そうに見守りつつ、朝陽はリズムをとり手拍子をうつ。

 ぱん、ぱんぱぱっ、ぱんぱん。

 瘤を二つに増やした小鬼も、手拍子を再開する。

 ぱぱぱ、ぱんぱぱっ、ぱん。


「わしは乙女だった! 今じゃ、想像もつかんだろうがねっ!」


 老婆が小鬼をにらみ、ずばしっと指差した。小鬼が頭を腕でガードした。

 老婆はふんっと鼻で笑い、さらに跳ねた。

 ぱん、ぱんぱぱっ、ぱんぱん。リズムは次第に速さを増す。


「あっちの世、こっちの世の境が曖昧だったあの時!

 乙女のわしは、一匹の大鬼に出会った!」


 リズムに乗り、老婆の昔語りが語られていく。







 まだまだ全ての存在が曖昧だった、混沌とした時代があった。あちらとこちらの境も曖昧だった。神も、妖怪も、精霊も、動物も、人もお互いの垣根が無きに等しい時代があった。

 その時代に生きた老婆は、霊力が強かった。故に神に仕え、悪さをするものを懲らしめていた。

 ある日、老婆は出会う。異種族の鬼に出会う。

 そして、老婆と鬼は戦いを繰り返しながらも、互いに惹かれていく。


「わしらは、互いの強さに惹かれれた」


 種族の違いなど、軽くこえる時代であった。


「人が、鬼との子を授かることはできぬ」


 老婆の動きが静かに穏やかに変化していく。視線が足元へ落とされ、ついに動きが止まり、小鬼と朝陽の手拍子も止まった。

 しばし静寂が満ちる。


「しかし、手段はあった!」


 ぱん、と一際乾いた音がした。老婆が手を叩いたのだ。その音に、朝陽ははっと顔をあげた。

 先ほどまでのどこかふざけた雰囲気はなりをひそめ、老婆は真摯な雰囲気をまとっていた。


「知りたいかい?」


 老婆の問いに、朝陽は頷いた。


脱衣婆……一説には、閻魔大王の妻。懸衣翁とともに三途の川にいる鬼、そして十王の配下。奪衣婆、優婆尊とも。お堂に祀られています。

三途の川を六文銭を持たずにわたれば、脱衣婆に服を脱がされます。その服は懸衣翁により衣領樹にかけられ、服の重みで木のしなり、そのぐあいにより死後の処遇が決まるとか。

……ちなみに朝陽は六文銭持ってません(汗)

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