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朝陽と骸骨  作者: 山藍摺
11/33

朝陽と、その先―2


 かすれ、震える声が紡がれる。


「次代の子の母とは、何ですか。教えてください。わたしは……、わたしは、何ですか?」


 声は震え、かすれるているけれど、朝陽の目には強い輝きが宿っている。強い光を宿した目は、真っ直ぐ朱色童子に向けられている。

 朝陽の目は、真実を知ろうとしている者の目だった。待ち受けている真実が、たとえ良くないものであろうとも、受け入れる覚悟ができている目だった。

 そんな真摯な視線を向けられている朱色童子はおかしくなって笑い始めた。

 ――恋なのか、乞い慕う相手がいるから、覚悟ができたのか。乞い慕う気持ちは、この年齢まで友人の一人もおらず、肉親以外の親しい存在が骸骨だけであった朝陽をここまで変えるというのか。


(へそで茶を沸かす気分だよ?)


 笑い始めた朱色童子は、なかなか笑いが止められなかった。笑いの発作は、止まることなく大きさを増していった――そもそも、朱色童子は止める気はさらさらなかった。


「何かって、何かって?」


 くすくす、くすくすと幼子は笑い、足をばたつかせる。

 その様は外見だけなら、小さい子供が楽しそうに笑う様で。しかし、目が、態度が、雰囲気が幼い外見を裏切っている。

 無邪気なのに、黒い。幼いのに、老獪。子供なのに、子供じゃない。

 朝陽は、朱色童子の目の奥底にある、得体の知れない底知れない何か――覗けども覗けども、どこまでも底の見えない淵を覗き見ているような錯覚に陥った。

 幼いのに、得体が知れない。

 朝陽はその様子にのまれかけ、怖じ気づいた。けれども、怖じ気づこうとも、目は、視線だけは朱色童子から離さなかった。朝陽は、強い視線を朱色童子に向け続けた。


『………』


 柊が、セラが朝陽に近付く。守ろうと、守る対象である朝陽を守ろうと、朝陽との距離を縮める。

 それはとても自然だった。

 朱色童子は彼らの上司であるはずなのに、朱色童子から守るために、自然に動いた。つまり、彼らの中で朝陽は、上司である朱色童子より上に位置している。

 それを悟って、朱色童子はさらに笑えてきた。

 ――だからこそ、自分より若い輩は面白い。

 いったいいつから生きているかわからない自分には、もはやない感覚を、若い輩はもっている。

 ――だからこそ、遊びたくなる。

 どんな反応を見せるのか。どんな行動をとるのか。

 ――どうするの、どうするの?


「なら……」


 朱色童子は、さらに笑みを深めた。朱色童子は、愉しくて愉しくて仕方がなかった。

 ――自分の手のひらの上で、若い輩はどんな足掻きを見せてくれるのだろう?


「あっちで話そうか!」


 それは、断定であり、そして突然だった。


「――……え?」


 朝陽の視界が、突然暗転し、朝陽は意識を失った。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 ――その場所は、真っ暗闇であった。

 水音が、どこからかぴちょぴちょと聞こえる。反響する水音だけがある暗闇は、とても濃厚な水の薫りが漂っていた。

 気がつけば、朝陽はその暗闇の中を落ちていた。

 濃厚な水の薫りが鼻につく。

 濃厚な水の湿気が身体にまとわりつく。

 濃厚な水の暗闇を、ただただゆっくり落ちていく。

 まわりは闇だけ。黒より暗く、夜より黒い闇を、ただひたすらに落下する。……綿毛のように、ゆっくりと。


「……あの若作りめ」


 そんな呟きが、朝陽の耳に届いた頃、朝陽の視界がまた反転した。


「………!!」


 光が、柔らかい光が視界に広がり、朝陽は反射的にまぶたをぎゅっと閉じた。

 そして、ゆるやかに朝陽は意識を再び失った――眠るように。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



「………え?」


 目を覚ました朝陽は、視界に広がる光景に目をみはった。


「……えぇっ?!」


 すぐ側を流れるゆるやかで大きな水の音、肌に吸い付くようにまとわりつく空気中の湿り気。そして、鼻につく濃い水の匂い。

 そしてそして、鬼。


「あれ、何でぃ?」


 広大な河原と、広大な河を背景に、小鬼としか形容できない存在が、仰向けに横たわる朝陽を覗きこんでいた。


「〆☆ゞ◇∪¥@!!!」


 朝陽は、声にならない叫び声をあけた。

 それは、身体全てが赤の小鬼だった。

 血が乾いたような、かさかさの茶褐色の肌をした、極端に猫背の小柄な人外。

 絵本の昔話に出てくるような、そんな小鬼が朝陽の目の前にいる。

 ――動く骸骨に、天狗に、喋る猫に、中身と外見の年齢に差があるように見える幼子。

 朝陽は、人外をあまり見たことがない。しかし、一番に接してきたのは人外――骸骨だった。

 普通なら、怖がるのだろうか。きゃあと叫ぶのだろうか。

 しかし、朝陽は驚きから悲鳴に繋げることができなかった。きょとんとし、首をかしげる小鬼は、朝陽には怖く思う対象に見えなかった。

 むしろ、可愛かった。


「「…………」」


 人間と、小鬼が見つめあった。

 首をかしげる小鬼、口を開けたまま微動だにせず、じっと目を離さない人間。

「――、」


 ――それはどちらが先だったのか。


「ここはどこ?」


 口を開き、音を発し言葉を紡ごうとした両者。先に言葉を発したのは朝陽だった。


「え――あぁ、ここでぇ?」


 小鬼は大きな眼を何度か瞬かせ、朝陽を見た。


「ここは、塞の河原でぃ」


 小鬼は、指で鼻の下をかきながら続けた。塞の川原? と、今度は朝陽がきょとんとした。


「生きた人間がうっかり来ちまっていい場所じゃあねぇのよ、ねえちゃん――うん?」


 小鬼のぽりぽり、と動く指が止まった。

 そして小鬼は、爆弾を投下した。


「ねえちゃん……柊の旦那の匂いがするな?」


 ――朝陽は、塞の川原で二度目になる、声にならない叫び声をあげた。


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