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朝陽と骸骨  作者: 山藍摺
10/33

朝陽と、その先―1



 春の青空の下、賃貸の独身者向けのアパートのベランダにて、視線を交差する男女ふたり(と猫)。

 片方は陽炎の如く揺らめく姿の着物の死人である男性、もう片方は生きている人である大人になったばかりの若い娘。


「ラギ……?」


 熱い、そして見るものが砂糖を吐きたくなる熱視線であった。


『朝、陽……』


 二人の視線が絡み合う。かたや切ない視線、かたやこがれる視線。


「にゃー、そこ、二人の世界にはいらにゃい!」


 柊と朝陽が、はっとなり、我にかえり、視線を互いにそらした。柊はどこか気まずそうに、朝陽はぽぽっと頬を可憐に桜色に染め上げた。

 ――とてつもなく、漂う空気が甘酸っぱい。青春である。セラは、構えていたにくきゅうパンチを控えてしまったくらいに、お砂糖な桃色の雰囲気だ。


「そうだよねぇ、セラの指摘通りだよねぇ」


 いつの間にかベランダに腰掛けていた朱色童子が、きゃらきゃらと笑った。見た目はとても無邪気であるのに、やはりどことなく黒さが漂う。


「ちょっと、若作り。あんた天狗はどうしたのよ」


 まだ、ぽやぽやと桃色空気を生産する二人をおいて、セラが朱色童子を皮肉った。


「ああ、天狗?」


 クスクスと朱色童子はどす黒い無邪気笑いを浮かべた。幼子の笑みなのに、腹黒お代官のような笑みなのである。


「あれなら、あそこ」


 足をばたつかせる朱色童子が、ちいさくふっくらした指をさした先には、空気に現れた裂け目――まるで空間に鋏を入れ、切ったという感じだった――の向こうから現れた大きな“手”が、ぐっと天狗を掴んでいる光景だった。

 真っ赤で毛むくじゃらの大きな大きな手。爪は赤黒く、血が滴っている。その手が、ぐったりとした天狗を掴んでいた。


「獄卒鬼のあーちゃんの手だよ」


 にぱっと朱色童子は弾けるように笑った。


「……あんた、やっぱえげつないわ」


 あっけらかんと“手”を紹介する朱色童子に、セラはドン引きながら呟いた。

 獄卒鬼のあーちゃんの手。それは、獄卒鬼の中でも赤鬼の赤達磨と呼ばれる、とてつもなく横にも縦にも巨大な鬼の手、である。

 赤達磨は、残忍かつ凄まじく残虐非道な獄卒鬼だ。彼の手に捕らえられ、その後は――御愁傷様、としかいいようがない。


「あはは、だいじょーぶ、死なせない程度に生かすから! 唆した背景にいるやつを吐けなくなったら、意味がないからね♪」


 あはは、と朱色童子が屈託なく笑う。屈託なく笑える内容ではないのに、心底楽しいといわんばかりに、笑い続ける。


『……童子、現世に来られたのはそれだけですか』


 朱色童子の笑いが止まった。その視線の先には、ゆらゆら揺らめく柊が、朝陽を背に庇う姿があった。

 柊は、とてつもなくシュールで非現実な朱色童子を、朝陽に見せたくなかったのだ。

 幼くも可愛い見た目の童子が、笑ってはいけない内容をきゃらきゃら笑いながら語る。その様子を見せなくなかったのだ。


「柊? その娘は、いずれ次代を産むんだよ。世間の黒いこと、ひいては地獄のことを見なくてはならないんだよ?」


 笑ってはいるけれど、冷めた目で朱色童子は朝陽をさした。

 柊は、朱色童子の“まともな”発言に反論をすぐに返せなかった。

 ――朝陽は、次代の子の母。迫り来る手は、今の天狗だけとは限らない。今回よりももっと危険になるだろう。世の中の汚い部分も見てしまうだろう。次代の子の母の運命とは、そういうことだ。


「あの……」


 かすれ、震える声だった。


「次代の子の母とは」


 朝陽には、見えていた。

 揺らめく陽炎の柊の体の向こう、朱色童子が朝陽を指差していたことを。

 そして、聞こえていた。


「教えてください。わたしは、何ですか?」


 震える声で、しかし決意に満ちた強い目で、朝陽は言葉を紡いだのだった。


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