約束の果てに
手元にある白くて可愛らしいハンカチ。それを見つめてギャリーはため息をついた。
あのおかしな美術館から帰って数ヶ月。何度かこのハンカチの持ち主、つまりはイヴと交流を持つことが出来た。しかし、未だにこのハンカチは返していない。
「さすがに、まずいわよねぇ」
そもそもハンカチを返すと言って、また会う約束をしたのにそれを何度も延期するとは。我ながら情けないことこの上ない。
「なんでアタシっていっつもこうなのかしら」
そう思っても、やはりこのハンカチを返すことを躊躇う。
「……ダメね。もう! でも、返したらイヴとは……」
そこまで考えたとき
「ギャリー、居る?」
と、家のドアがノックされた。この声は
「イヴ……?」
ドアを開けると、やはりイヴが立っていた。
「こんにちは、ギャリー」
ギャリーの姿を捉えて、イヴは嬉しそうに微笑んだ。不意打ちの登場に咄嗟に反応できない。
「……え、ええ。どうしたの? 何かあった?」
「ううん。近くに来たから、挨拶しようと思って」
「そ、そう? ……散らかってるけど上がってく?」
「大丈夫。すぐに行かなきゃいけないから」
ふるふるとイヴは首を横に振る。
「そう、残念ね」
ギャリーはクスッと笑って肩を竦めて見せた。ふと上げた手にはハンカチが。
「あ……」
イヴの呟きと同時に
あ、と思う。
すぐに隠そうとしたが、もうすでにイヴの目に入ってしまっている。逃げに逃げて、結局逃げ場がなくなってしまった。
「そ、そうだわ、これ。ずっと持ってくの忘れてて……。ごめんなさいね、大事なものなのに」
咄嗟に思い付いた嘘で誤魔化して言う。上手に誤魔化したつもりだが笑顔はひきつっていた。
しかし、
「ううん、ありがとう」
ハンカチを受け取ったイヴはギャリーの方を見てはいなかった。じっと、ハンカチを見つめている。
ギャリーの角度からでは俯いたイヴの顔までは窺えない。
「イヴ? どうし――」
「イヴー! そろそろいくわよー!」
イヴの細い肩に触れる直前、イヴの母の声がした。驚いて思わず手を引っ込める。
「行かなきゃ」
弾かれたように顔を上げたイヴ。その顔は不安そうな、それでも無理矢理笑おうとしているような、そんな顔だった。
「……ギャリー。また、会えるよね?」
小さく呟かれた震える声。それにまるで心を見透かされたような気持ちになる。
同時にギャリーは嬉しかった。
「――イヴも同じだったのね」
ハンカチを返したら、もう会えなくなるかもしれない。ギャリーはそれが嫌で、不安だった。イヴもそうだったのだ。
それが嬉しくて堪らない。
「当たり前、じゃない。……また会いましょう、イヴ」
自然と笑顔がこぼれた。それに釣られてイヴも笑う。
「またね、ギャリー!」
元気に走り去る背を見つめ、ギャリーはさっきとは違うため息をついた。
その頬はほんのりと赤い。
「全く、人の気も知らないで……」
誰に言うでもなく呟いた声は、少女の背に聞こえる前に、ドアを閉める音にかき消された。
閲覧ありがとございます!
実はエンディング全部見てるのにマカロンの話を聞いてないんですよね。なのでハンカチを題材にしてみました。
Ib大好きです!
ありがとございましたm(__)m
追記
新ED追加を機にマカロンの話もちゃんと聞けました!
機会があればまた何か書きたいです。