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Trick or Treat (兄 八歳 / 妹 四歳)


――十月最後の週末、迦我見(かがみ)家に宅配便で荷物が届いた。



「…あら、鞠子(まりこ)さんからだわ」


母・朱音(あやね)のつぶやく声を聞いて、父・(とおる)が尋ねる。


「鞠子さんって…聖ラファエラへ(あおい)ちゃんと優奈の推薦状を書いてくれた人だっけ?」


「そうよ。

聖ラファエラは卒業生の推薦状が無いと、受験することもできないそうなの。

推薦した人が身元保証人になることを約束するようなものなんですって。

自分が推薦した子が在学中に問題を起こした場合、二度と推薦人になることはできないらしいわ。

きっと、気軽に引き受けられる事では無かったと思うの。

……鞠子さんが優奈のことを気に入ってくれて、本当によかった」


母は父の質問に答えながら荷物の封を開ける。


ダンボールの中から最初に取り出されたのは、一通の手紙。

母はその手紙を読んで、くすっと笑った。


「葵ちゃんのハロウィン用の衣装を作るついでに、優奈の分も作ってくれたんですって」


「へぇ、すごいな。

鞠子さんの手作りなの?」


「ううん、鞠子さんは、デザインだけ担当したそうよ。

『優奈ちゃんにも着てもらえたら嬉しいです』って書いてあるわ」


母はダンボールを抱えて立ち上った。


「優奈は父さんのところ?」


「うん、爺さまの部屋。

爺さまと一緒に時代劇を観ていると思うよ」


優人がそう答えると、母は「優奈にコレを着せてくるわ」と言って足早に居間から出て行った。

父は「そうだ、カメラを用意しなくっちゃ! どこに仕舞ったかな」と慌てはじめる。


優人はそんな両親の様子を生ぬるく見守りながら、おやつの『さつまいも入りの蒸しパン』をちぎって口に入れた。

母が久しぶりに作ってくれた手作りのおやつは、市販のものより甘さが控えめでとても美味しい。

出来立ての温かい湯気にも、ほっと心が和む。


蒸しパンを食べ終わったあと、ホットミルクを全部飲み干して、使い終わった食器を台所へ下げる。

食器を手早く洗って水切りトレーに乗せていると、二階から複数の足音が聞こえてきた。



「ハロウィーンってのは、外国のお祭りなんだろう?

それがどうして日本の妖怪の扮装になるんだ?

俺にはその辺がよくわからねぇんだが…」


「もう、お父さんったら。

こういうのは、可愛ければいいのよ。

『可愛い♪』は正義なんです」


「……。

まぁ、優奈が気に入っているならいいか」


優人は母と祖父・龍一(りゅういち)の声を聞きつけて、濡れた手を素早くタオルで拭いた。

きっと妹も一緒に降りてきたに違いない。


…いったいどんな衣装なんだろう?


優人が居間に駆け戻ると、そこには黒を基調とした膝丈のドレスを着せられた妹が居た。

黒いスカートの下から、白いフリルの裾が(のぞ)いている。

白いレースのハイソックスにエナメルの黒い靴が、全体の装いに統一感を醸し出していた。


『普通』ではない点は、赤いカチューシャに生えている『黒の猫耳』と、ドレスの後ろのリボンつけられている『黒の猫しっぽ』。

それにピンクの肉球つきの『黒の猫手ぶくろ』だった。


「優人、見て身て~♪

優奈、すっごく可愛いでしょう?

コレ、妖怪『猫娘』の衣装なんですって」


母の言葉に、優人は無言のまま何度も頷く。


「猫耳と猫しっぽと手袋を外せば、普通の服としても使えますので…って手紙に書いてあったけど、こんなに可愛いとこのまま外へ連れ出したくなるわね」


母はにっこりと笑いながら妹を(うなが)した。


「ほら、優奈。

さっき教えた『合言葉』を、お兄ちゃんに言ってごらんなさい?」


ふわふわの猫耳と猫しっぽ、猫手ぶくろを身に着けた妹は、母に促されるままにたどたどしい言葉遣いで言った。


「おかしをくれないといたずらしちゃうぞ?」


優奈はすこし首を傾げながら、猫手袋をはめた手を顔の両脇に上げて「にゃー」と鳴いた。


「…っ!」


優人は心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受けた。


妹はいつも可愛いが、今日の(よそお)いは格別だ。

猫耳は優奈の艶やかな髪の毛の上に違和感なく納まっているし、猫しっぽは優奈の動きにあわせてゆらゆらと揺れている。


妹が可愛すぎて固まってしまった優人には気がつかずに、母は周囲を見渡して父の姿を探す。


「あらぁ、パパはどこに行ったのかしら?」


「カメラでも探しに行っとるんじゃないか?

そんなことより、優奈にあげるお菓子を用意してあげなさい。

七瀬さんからこのあいだ頂いたお煎餅、まだ残っているだろう?」


「お父さん、ハロウィンなんだから、和菓子じゃなくて洋菓子のほうが…。

優奈、ここでちょっと待っていてね。

今、お菓子を用意してくるから」


「はぁい」


母と祖父がそそくさと居間から出て行く。

優奈は二人の背中に手を振って見送ると、固まっている兄の顔を見上げた。


「…おにいちゃんは?」


こてんっと首を傾げて尋ねる妹の可愛らしさは、もはや凶器だった。

優人は激しく脈打つ心臓の動きを感じながら、それでも妹から目が離せない。


優奈は黙ったままの兄に重ねて問いかける。


「おにいちゃんは、ゆぅなにおかしをくれる?

おかしをくれなかったら、ゆぅな、いたずらしちゃうよ?」


「――いたずらって…、優奈は僕に何をするつもりなの?」


「ええとね…ねこさんだから、ひっかいたりするの。

あとね、にくきゅーでぱんちする!」


「…。」


いや、その手ぶくろをはめている限り、攻撃されても痛くないと思う。


優人は心の中で冷静なツッコミを入れつつも、口に出しては言わなかった。


妹はきっと、自分を脅かせばお菓子がもらえると期待しているのだろう。


お菓子をあげて、可愛い笑顔を見せてもらうのもいい。

妹にお菓子をあげながら、猫耳や猫しっぽを撫でまわしたい。


だけど、妹にイタズラされるのも楽しそうだ。

ちっとも痛くないのに、一生懸命に攻撃してくる妹の相手をして遊ぶのもいい。


優人は悩んだ。

真剣に悩みながら、どちらか一方しか選べないことを残念がる。


来年は別の答えにする、という手もある。

でも、来年の優奈は今年の優奈とは違う。

今よりも、もっと成長しているだろうし…。


この可愛い装いは今年限りかもしれないと思うと、なかなか答えが出せない。


妹は迷う兄の表情をじぃっと見つめていたが、母の呼ぶ声にぴょんっと飛び跳ねた。


「優奈、お菓子の用意ができたわよー」


「はぁい」


優奈はドレスの裾を翻して台所へ駆けてゆく。


「お爺ちゃんからは、お煎餅。

お母さんとお父さんからは、チョコレートとキャンディ。

可愛いハンカチとリボンでラッピングしておいたから、このお菓子は明日以降のお楽しみにしなさい。

今日のおやつには、蒸しパンがあるからね」


「うん!」


「優奈、おやつの前に、パパに写真を撮らせて欲しいんだけど…いいかい?」


「うん」


「あ、私もあとで優奈と一緒に写真を撮ってもらいたいわ。

お化粧してくるから待っててね」


「俺も優奈と一緒に写真を撮って、友達に自慢したいな」


「…どうせなら、家族全員の写真も撮りましょう。

僕、三脚を探してきますね。

優奈、パパが戻ってくるまで、おやつを食べて待っていて。

パパもママも、すぐに戻ってくるからね」


「うん、まってる」



写真撮影を前にして盛り上がる両親と祖父は、居間で悩んでいる優人に気がつかなかった。

おやつの蒸しパンをほおばる優奈も、兄にした質問のことをすっかり忘れていた。


「お菓子をあげて妹を愛でる」か「お菓子をあげずに妹にイタズラされるか」。

答えを出せずに迷っていた優人は、その後、写真撮影にひっぱり出された。


撮影が終わるとすぐに「服を汚してしまうといけないから」と母が優奈に着替えをさせたので、優人の目論見は全て(つい)えてしまったのであった…。




兄、二兎を追って一兎をも得ず…なお話。


鞠子さんは「可愛いは正義」な人なので、いろいろと確信犯です。

優奈とお揃いで、葵には「白猫セット」を作っていたのでしょう。


優奈が家の中で靴を履いているのは、靴が新品だったから…ということで。

一度外に出たあとは、外履きとして玄関で脱ぎました。


優奈が祖父の影響で「時代劇が好き」だという話は、まだ本編には出てきていません。

(脳内会議として、ちょこっと描写されています)

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