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お父さんとお兄ちゃんは心配性 (兄 七歳 / 妹 三歳)



――満月が綺麗な初秋の夜、迦我見(かがみ)家の若夫婦は縁側でお月見をしながら二人の時間を楽しんでいた。


「あ、そういえば…」


「ん?

どうしたの、朱音(あやね)?」


子供たちがいない場所では、お互いに名前で呼ぶ。

それが二人のルールだった。


(とおる)は、優人の『お願い』について、どう思った?

私はちょっと心配しすぎなんじゃないかと思ったのだけど」


「ああ…優奈の幼稚園を『(セント)ラファエラ』にして欲しいって言ってたね。

優奈も来年の春にはもう四歳か。

早いなぁ」


透はしみじみとつぶやきながら月を見上げる。

黄金色に輝く満月を見ていると、過去の出来事が鮮やかに蘇った。


「僕は優人の意見に賛成するよ。

心配しすぎだという君の意見ももっともだけど…でも流石にあんな『事件(こと)』に巻き込まれた後だと、子供だからと言って無条件に信じる気にはなれない。

今回は辛うじて命を取り留めて、障害も残らずに済んだ。

だけど、次も無事に済むとは限らないだろう?」


「それは……そうね」


透の言葉に朱音はためらいながら頷いた。


「聖ラファエラは『心』の教育に力を入れている学校だというところが一番いいと思ったよ。

子供たちを競わせて成長させることよりも、まず愛することを教えるんだって姿勢が好きだな。

学力が高い優秀な子でも、本人や親御さんの気質が校風にあわなければ、合格させないってところもね。

君の友達は聖ラファエラの卒業生なんだろう?

娘の(あおい)ちゃんもやっぱり聖ラファエラに?」


美雪(みゆき)さんは、聖ラファエラではなくて、普通の公立学校に通っていたそうよ。

聖ラファエラの卒業生は、彼女じゃなくて、彼女の従兄弟…あの病院の跡取りである貴志(たかし)さんのお嫁さん。

鞠子(まりこ)さんというお名前らしいんだけど、その人が葵ちゃんを聖ラファエラに入れたがってるんですって。

自分には息子しかいないから、姪の葵ちゃんを自分の母校に入れたいって。

公立に入れていじめを心配するより、聖ラファエラに入れたほうがいいって、強く勧められているそうよ。

競争意識が高く人間関係に序列を作りたがる人や、他者を貶めることで自らの優位を誇示したがるようなタイプは入学試験の段階で落とされるし、先生方もしっかりと見てくださるから安心だという話なんだけど…」


朱音の口調は歯切れが悪い。

透はそっと妻の手を握りしめた。


「…どうしたの?

君が何を心配しているのか、僕に教えてくれる?」


朱音は少し頬を染めて、夫の肩にしなだれかかった。


「うん、あのね…優奈を女子校に入れたら、男の人が苦手になってしまうんじゃないかと心配なの。

聖ラファエラはエスカレーター式の学校だし、先生は全員女性らしいから、入学したら卒業まで家族以外の男の人と触れ合う機会がほとんど無くなるってことでしょう?

男性の先生がいるお稽古事をさせればいいのかもしれないけど、男の人に免疫のない箱入り娘になっちゃったら、あとで優奈が後で困るんじゃないかしら?」


妻の懸念を透は笑い飛ばした。


「ああ、なんだそんなことか。

…うん、でも、そうなったらそうなったで、別にいいんじゃないかな?」


「?」


「優奈が悪い虫にまとわりつかれる危険を自分で回避するってことだし」


にこにこと笑っている夫を朱音は呆れた目で眺めた。


「悪い虫って……あなた、それじゃあ優人と同レベルよ?」


「?」


「優奈がね、ときどき絵本を読んで…って私のところに来るの。

優人は王子様や騎士様が出てくるお話を、絶対に読んでくれないそうよ。

『優奈にはお兄ちゃんがいるから、王子様や騎士様は必要ないだろう?』って言うんですって。

葵ちゃんの幼馴染の(りょう)くんとも、仲良くなっちゃダメだって教えているらしいし」


「…。」


「私、それを聞いて、ああ優人は透に似ちゃったんだわ…って思ったの。

結婚前、あなたも私が他の男性と話をしたりすると、泣いて嫌がっていたじゃない?」


「そ、そうだっけ?」


「そうよ。

僕だけを見てくれなくちゃ嫌だって言って」


あれにはドン退きしたわー…と苦笑いしている妻に、透は必死になって訴えた。


「僕はお義母さんから『害虫』扱いされていたから、二人きりになれる時間がすごく貴重で、とても大切だったんだよ。

君に近づいただけで、お義母さんに石を投げられたり、水をかけられたりしてたんだからね。

…ああ、本当に、僕はがんばったよ…君を諦めなくてよかった…」


瞳を潤ませながら、透は拳を握って宣言する。


「…うん、やっぱり優奈は聖ラファエラに入れよう。

学校までは僕らの目が行き届かないから、優奈に悪い虫を近寄らせないようにするには、女子校に入れるのが一番いいと思う。

僕もお義母さんと同じことをするよ!

僕や優人の妨害にへこたれるような男は、うちのお姫様にふさわしくないからね」


俺の屍を越えて行けと言わんばかりの無駄な気迫に、朱音はため息をつきながらつぶやいた。


「優奈のお相手も大変ねぇ。

あなたと優人の嫌がらせを乗り越えられる人なんて、そうそういない気がするけれど」


心配性な父と兄を持った娘の将来のお相手に同情しながら、朱音は月を見上げて亡くなった母を想った。


母さんなら、なんて言うかしら…?


誰よりも強くて優しく、曲がったことが大嫌いで、ちょっぴりお人好し。

気がつけば周囲の人たちに慕われているような、気風のいい人だった。


父の作る刀に惚れ込んで訪ねてきた透が自分に一目惚れしたと分かった途端、母が(ホウキ)を振り回して透を家から叩き出した出来事を思い出し、朱音はくすくすと笑いだした。


「朱音?」


「ううん…なんでもないの、ただの思い出し笑いだから。

あなたと優人がそこまで言うのなら、優奈に聖ラファエラを受験させましょうか。

筆記試験は一回だけど、父母面接が三回、遊びも兼ねた模擬授業が五回あるらしいから、来年は私たちも大変よ?」


「そんなに?」


「ええ、子供たちの性質を見抜くために必要なのだそうよ。

その分受験料も高いけれど、頑張ってね、お父さん」


「うん。

君たちのためなら僕はどこまでも頑張れるから、大丈夫」


にっこりと笑って頷く夫に、朱音は微笑みを返す。



夫の膝の上に抱きかかえられながら、月に母の姿を思い浮かべて願った。


――どうかこの幸せがいつまでも続くように、天国から見守っていてね…と。




優奈が女子校に入学したのは、兄と父の希望でした……の巻。

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