大好きって言われたい (兄 七歳 / 妹 三歳)
――日が暮れるのがめっきり早くなった晩夏の夕暮時。
出かけていた母と妹が帰宅し、迦我見家は夕食を食べながら一家団欒の時を過ごしてた。
父・透は鍋奉行となって、豆乳鍋を見守りながら、母・朱音に尋ねた。
「…それで、久しぶりに会った君のお友達は元気だったのかい?」
「ええ、とても。
優奈と同じ年の娘さんがいてね、葵ちゃんという名前なのだけど…その子がもう少し大きくなったら、趣味と実益を兼ねて天然素材の化粧品の会社を起業する予定なんですって」
「へぇ、それはすごいね。
七瀬家の一人娘なら、自分が働かなくても…資産運用だけでやっていけるだろうに」
「彼女のお母様は今も現役のお医者様として働いていらっしゃるでしょう?
ほら、優奈が入院していたあの病院の小児科の先生よ。
覚えてる?」
「ああ、冴子先生のこと?」
「そうそう。
七瀬家は代々女性が跡を継いできたんですって。
ご先祖さまもみんな頑張ってきたのに、自分だけ甘えていられないって……そう言ってたわ」
両親の会話を聞き流しながら、優人は隣に座っている妹の優奈に話しかけた。
「優奈、今日は楽しかった?」
「うん!」
妹は兄の質問にそう答えながら、にっこりと笑う。
優人は妹の可愛いらしい笑顔に和んだ。
やっぱりうちの妹は世界一可愛い。
そんなことを考えながら、優人は別の質問を投げかけた。
「葵ちゃんとは、なかよく遊べた?」
「うん!
あおいちゃん、かみのけふわふわで、おようふくもかわゆくて、おひめさまみたいなの。
しゅごくかわいいの」
ちいさい紅葉のような手を振り回しながら一生懸命に話をする妹の頭を優人は優しく撫でた。
「そうなんだ?
…でも、僕のお姫さまは、優奈だけだよ」
「…?」
妹はきょとんと首を傾げる。
「優奈はまた葵ちゃんと遊びたい?」
「うん、あおいちゃん、だいしゅき!」
「…。」
優人は自分のコメカミが、ピクッと動くのを感じた。
妹に「大好き」だと言われるほど好かれている幼女に対して、敵愾心が湧いてくるのを抑えられない。
「にいちゃ?
おかお、こわいよ?
おなかいたい?」
「…いや、大丈夫だよ。
そうか、優奈は葵ちゃんとお友達になったんだね。
たった一日で大好きになるくらい、楽しかった?」
「うん!」
優人は妹の嬉しそうな笑顔を見て、自分の狭量さを恥じた。
近所に同年代の子供が居ない上に、自分が遠方の私立小学校に通うようになってからは、遊び相手をしてやれる時間も少なくなった。
淋しい思いをしている妹に、同じ年の友達ができたことを喜べないなんて…恥ずべきことだ。
それでも、妹の一番『大好き』を他人に盗られるのは嫌だった。
「優奈は、パパのこと好き?」
「うん、しゅき」
「ママのことは?」
「ママもしゅきー」
「お兄ちゃんのことは?」
「にいちゃもしゅきだよ?」
「じゃあ、葵ちゃんのことは?」
「だいしゅきー」
「……。」
兄は、友達以下なのか?
いや、そんなハズはない。
もう一度、もう一度だけ聞いてみよう。
「優奈は、パパとママのこと好き?」
「うん、しゅき」
「僕のことは?」
「にいちゃもしゅきー」
「葵ちゃんは?」
「だいしゅきー」
「……。」
その後も優人は延々と同じ質問を繰り返し、「にいちゃ、やっ! きらい!」と妹に拒絶されるまで止まらなかった。
兄はこんな風に自ら妹との溝を深めてゆくのでした……というエピソード。
兄の通う私学は、青陵(共学)ではなく白蘭(男子校)です。