嘘は声でわかりますの、と言ったら、社交界の悪意ある噂が静かに消えていきました
声を聞けば、嘘が分かってしまう令嬢のお話です。1話で読めます。
「ノエル様って、いつも陰気よね」
夜会の片隅で、そんな囁きがノエル・ラファージュの耳に届いた。聞こえるように言われているのは分かっていたが、いちいち傷つくのはもう慣れていた。
ノエルには、生まれつき、人が嘘をつく時の声の震えや、わずかな淀みを聞き分けられる耳があった。誰かが見え透いた嘘を口にすると、つい「それは事実と違いますわ」と指摘してしまう。悪気はないのだが、それが「感じが悪い」「空気を読まない」と受け取られ、社交界では敬遠される存在になっていた。
(別に、嘘が嫌いなだけですのに)
小さくため息をついた時、会場の中央で、涙ながらに語る声が響いた。
「ヴィクター様が、婚約者様をあんな風に冷たく扱っていらっしゃるなんて……わたくし、悲しくて」
マーガレット侯爵令嬢だった。ハンカチで目元を押さえ、周囲の同情を一身に集めている。
「先日も、婚約者様に酷い言葉を投げつけていらっしゃるのを見てしまいましたの。あまりにお可哀想で……」
「まあ、なんてこと」
「ヴィクター様が、そんな方だったなんて」
周囲がざわめき、同情と非難の視線がヴィクター・ベルモンドへと集まっていく。
「私は、そのようなことは――」
ヴィクターは困惑した様子で否定しようとしたが、涙を流すマーガレットの姿の前では、その声はか細くかき消されていった。
ノエルは、静かにその様子を見つめていた。
(――嘘ですわね)
マーガレットの声には、はっきりとした震えがあった。悲しみの震えではない。嘘をつく時特有の、わずかな淀みだった。
「マーガレット様」
ノエルは、静かに一歩前へ出た。
「それは、事実と異なりますわ」
「――何ですって?」
マーガレットの笑みが、一瞬だけ固まった。
「先日とおっしゃいましたが、ヴィクター様は先週、ずっと領地の視察でこの町にいらっしゃいませんでした。それに、婚約者様ご本人は、今日この夜会にお越しですが、そのようなお話は一切なさっておりませんわ」
「そ、それは……人前で言えないだけかもしれませんわ」
「でしたら、いつ、どちらでご覧になったのですか?」
「え、ええと……先々週の、園遊会でしたかしら」
「先々週の園遊会は、雨天のため中止になっておりますわ。主催なさったのは、マーガレット様ご自身のはずですけれど」
マーガレットの顔から、すっと血の気が引いた。
「で、では、その前の……」
「では、その場に居合わせた証人はどなたですの?」
「……」
「証人もなく、日時も合わず、当のご本人も否定なさっている。それでも、その話は真実だとおっしゃるのですか?」
淡々と積み上げられる矛盾に、マーガレットの顔色が見る間に変わっていく。
「わ、わたくしは、ただ――」
「先ほどから、ヴィクター様のお名前を口になさる時だけ、声の震え方が違いますわね。悲しみでも、怒りでもない震え方――本当は、ヴィクター様のことが、お好きだったのではありませんか」
ノエルの一言に、会場が静まり返った。
「――なっ」
「だから、婚約者様を悪者にして、評判を落とそうとなさった。声を聞けば、分かりますわ」
マーガレットは、しばらく唇を震わせていたが、やがて耐えきれなくなったように顔を覆った。
「……そうですわよ!悪い!?わたくしだって、ずっと前から――」
嗚咽混じりの声が、今度は本物の感情だった。周囲の視線が、憐れみと呆れの入り混じったものに変わっていく。
マーガレットは逃げるように会場を後にした。
*
「――助かった。礼を言う」
騒動が落ち着いた後、ヴィクターがノエルのもとを訪れた。
「わたくしは、聞こえたままを申し上げただけですわ」
「その『聞こえたまま』を、恐れずに言い切れることが、どれほど得難いことか」
ヴィクターは、まっすぐにノエルを見つめた。
「陰気だなどと言われていたそうだが、私には、誰よりも誠実な方に見える」
その言葉に、ノエルは思わず言葉に詰まった。
「……光栄ですわ」
静かに微笑むノエルの耳に、もう嘲るような囁きは聞こえなかった。
嘘を聞き分けるこの耳は、疎ましいものなどではなかった。誰かの真実を守るための、確かな力だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
前作の鑑定眼の令嬢とは違う角度の「わからせ系」を書いてみました。声という、目に見えない部分から嘘を見抜くヒロインを楽しんでいただけたら嬉しいです。




