聖女ですか? いや、派遣社員です。
王国中央広間。
数百年に一度しか使われない、古代召喚陣。
王、騎士団長、宮廷魔法士。
国の未来を背負う者たちが、その瞬間を見守っていた。
「まもなくです」
宮廷魔法士が叫ぶ。
光が広がる。
空気が震える。
誰もが思った。
聖女がやっと、やっと来るんだと。
この国を救う、清らかな魂が。
そして。
眩い光が収まった。
そこに立っていたのは、一人の女だった。
沈黙。
女は周囲を見渡した。
知らない場所。
知らない人間。
意味不明な状況。
残業ハイの彼女は思わず地の底を這うような声で叫んだ
「……早く帰らせろ、このくそがああああああああああ!!」
その瞬間。
ゴオオオッ。
広間をつむじ風が駆け抜けた。
ろうそくの炎が揺れる。
騎士たちが思わず剣に手をかける。
王冠がわずかに震える。
だれも、声がだせないほどの重苦しさ。
召喚魔法士が震える声で叫ぶ。
「へ、へいかああああ!!」
「な、なんだ!召喚は成功したのか!?」
魔法士は鑑定水晶を見る。
そして青ざめた。
「……聖女ではありません」
「では、何者だ?」
王は目の前の女を見る。
いつもの召喚とは違うことがわかる。
文献にかかれている少女ではない。
「しかしあの覇気……、あんな覇気がだせるのは熟練者でないとむりじゃろ?」
魔法士は鑑定結果を読み上げた。
【異世界人】
【職業:派遣社員※もうすぐ無職】
【称号:呪術師】
【精神耐性:極】
【交渉能力:極】
【怒気:測定不能】
魔法士は絶句した。
「……へへいかあああああ」
「だ、だからあやつは何者なんだ」
「わかりません!!!!!!!」
「わからない?」
魔法士は震えながら続けた。
「かなりの力を秘めており、われわれの力では制御不能です!!」
◇
召喚される数分前。
彼女は限界だった。
アラフォー。
独身。
派遣社員。
契約終了は決まっている。
なのに。なのにだ。
引継ぎをしない社員。
曖昧な指示。
増え続ける業務。
責任だけは正社員以上。
そして幸せそうに産休にはいる社員の仕事もふってくる。
しかたないとはいえ、悲しくなってくる。。
そして最後の日参加できなかった慰労会。
そこで聞いた。
「あの人、遅くまで残って業務効率悪いよね。
コスパ悪いならババアの意味がなよな」と。
その瞬間。
何かが切れた。
ババア。BBA?!その言葉自体は陳腐すぎて、
逆にそれしかレパートリーがないのかとアドバイスしたくなるが、
それ以上にコスパ、、業務効率が悪い…だと?!
その仕事量を設定したのは誰だ。
無理なスケジュールを組んだのは誰だ。
調整する立場の人間は何をしていた。
彼女は怒っていた。
自分が評価されないことではない。
頑張ったことを認めてほしいわけでもない。
ただ。
責任を押し付けた側が。
押し付けられた側を「非効率」と呼ぶことだけが。
それも陰でいうことが、どうしても許せなかった。
その夜。
彼女は一人、会社に残っていた。
有給消化中にも関わらず。
クライアントから電話が鳴る。
社員からは連絡がない。
彼女はスマートフォンを握った。
そして。
社内チャットを開く。
彼女は、やったらやりかえすを信条にしていた。
度重なる長時間労働で、我慢のボルテージが振り切れた瞬間耐えられなかった。
「だれがババアだ、陰で言うくらいなら、直接言いにこいやぁぁああああ」
送信。
やっぱりババアと言われたことが許せなかった。
特にじじいに言われたのが納得できなかった。
明日ケリつけてやるぜ、くそ上司!!!!
退職が決まっている彼女には、怖いものはない。
決戦の日は明日と決意を固めたところで
世界が白く染まった。
そして彼女は。
異世界へ召喚された。
◇
そして現在。
彼女は状況を整理していた。
知らない場所。
知らない世界。
にもかかわらず怒りのボルテージマックスで思わず、
クソがああああああと叫んでしまった。
取り繕うことは、長年の社会人経験ですでにスキルは習得している。
空気を読む。
相手の立場を把握する。
キーパーソンはだれで、いま、何を言うべきかを判断する。
初手クソがといってしまったがまだ挽回はできるはずだ。
とりあえず、初手の印象を挽回すべく、
彼女は自分至上最高に可憐だと思う声で
「あのぉー、すみません、どなたか状況をご説明いただけますでしょうか」
と尋ねてみるところからはじめた。
◇◇
この国の王と名乗る人物が彼女に経緯を説明する。
最近活動が活発になってきた魔王討伐に参加してほしいと。
もはや言葉が通じるなんて驚きも、彼女には関係ない。
独身貴族、友達なし、休日は異世界転生、
悪役令嬢ざまぁ系のありとあらゆる小説・漫画を読んでるのだ。
そんな前提などどうでもいい、空気からその場の雰囲気を読み取る能力は、
だてに3年という短い契約期間で実績をだす派遣社員の彼女には造作もないことなのだ。
彼女の頭の中はただひとつ、そんなことどうでもいいからくそ上司とケリをつけさせんかい!!
という気持ちだけしかない。
「聖女ではないと思われるので、大変恐縮ではございますが、帰らさせていただきたいのですが…」
「いやいや、そんなことはない、おのあふれ出る闘気…まちがいない。
ぜひとも聖女としてこの国をすくってほしい。討伐した暁にはこの国の王妃として息子と結婚も。」
王様の隣に立っている紹介された息子の顔をみると、笑顔ではあるものの目は死んでいる。
あれは、まるでババアと結婚したくないという声がきこえてくるようである。
彼女は黙り込む。上司の言葉がリフレインし彼女からまた負のオーラがあふれ出る。
力ないものは、すでに立っていられないほどだ。
圧がすごすぎてその場を離れることもできない。
あまりの禍々しさに聖女ではないことは確定だとみなが感じたが、
それを言葉に瞬間何かが詰むということを察知し、黙って成り行きを見ることしかできない。
そんな中、さすがこの国の代表というだけある、
息もたえだえに国王が提案を続ける、
「ほ、ほうびももちろんある。この仕事と対価にもちろんお金は払うし、
衣食住も補償する。まずは話を、話を聞いてくれまいか」と。
密かに実力行使で言うことを聞かせようとしていたが、
圧倒的な力を目の前にまずはなんとか自国の戦力へとなってくれないか交渉することに、
切り替えた国王。
そんな国王の態度を目ざとく観察しつつ、なるほど。まずは交渉する気持ちがあるということで、
彼女もいったん冷静になるべく一息つく。
ふぅーと一呼吸。少し場の圧がゆるみ、国王も呼吸が落ち着く。
冷静に考えてみると、いま日本に帰っても、
大きなトピックとしては、くそ上司とのタイマンだけだ。
それをやったとしても気が晴れるだけで、これからの生活の足しにはならないのである。
むしろ、独身貴族、自由きまま。
短期留学という気持ちでもいいのではないか。
「…仕事を依頼したいということですね。まず誘拐犯ということはいただけませんが、
その点の補償を追加したお支払い金額、業務内容、業務範囲、契約期間、報酬、
リスク分担について確認してからが交渉のはじまりです。」
そしてこの国の召喚の歴史に追加されたのだ、労働契約・業務委託契約書のページが。
◇◇
半年後。
魔王の侵攻ルート。
必要戦力。
補給計画。
彼女が提出した資料によって、王国軍の被害は大幅に減っていた。
しかし。
王は焦っていた。
「いつになったら魔王討伐へ向かうのだ」
他国に実績を出し抜かれたくなかった王様はもっと、
確実なる目に見えてわかる大きな功績がほしかった。
順調にいっていたからこそ目先の成功で気が大きくなった王様は、
言ってはいけない言葉を口にした。
「…何が聖女だ、召喚にどれだけの費用をはらったと思っているのだ、
半年も時間を与えたというのに、魔王の幹部ひとつ討伐できぬとは、
これならば最初から、もっと若く素直な娘を召喚したかったわい。
コストに見合わぬ働きだな」と。
◇◇
聖女と呼ばれた彼女は、
スキルに対してきちんとお金をはらってくれるクライアントには寛容だった。
衣食住も担保されて、報酬も前職よりも桁違い。
リスクヘッジも盛り込んだ契約書を片手に、にやにやがとまらない。
・まずは半年までの契約。業務内容を鑑み次回更新は相談
・残業なし
・追加業務は別途相談
・業務遂行に至るまでの安全の確保
・衣食住保証
・魔王討伐以外の雑務は王国側担当
・現地知識習得費用負担
・週4勤務:勤務の内容にこの世界の知識についての指導も含む
・半年ごとに契約の見直しの実施
・報酬はかならず毎月必ず手渡しで支払うこと
※見直しの合意には必ず双方確認の上での契約の見直しを実施。
こんなおいしい仕事はないと。
彼女は、報酬をもらうからには仕事はきちんとするタイプだ。
それが誘拐されたという最悪の始まりだったとしても、
日本に戻ったほうが転職活動含めて今以上に生活が苦しくなることはわかっていたため、
ある意味渡りに船でもあった。
あのくそ上司に仕返しをしたいという気持ちだけは未練があるものの、
それで飯が食べられるほど社会は甘くないのも理解できるほどの年齢…レディなのである。
魔王の脅威度合と、魔王の侵攻ルート、効率のいい工程、方法など、
社会の一線で働いていたマルチタスクを存分に生かしていく。
着実、実直、確実に。ヒヤリハットを未然に防ぎ業務を効率的にこなしていく。
いまの業務へのやりがいを感じていた彼女であったが、
禁断のあのひとことを聞いてしまう。
◇◇
契約更新の日、
「このくそがああああああああああ」
と召喚された場所で召喚時と同じ言葉を、国王に送別の言葉として捧げ、
目の前で契約書を破棄し城をあとにした。
彼女は前職の心残りだけは今回は残さないと心に決めていた。
城を出る前に祈りをささげるポーズを行う彼女。
彼女の信条は、やられたらやり返す。
いやな気持になったら、どんな相手でも絶対嫌な気持ちにするである。
そのために彼女新しい職業スキル呪術師を獲得した。
本日はその独立記念日として、
お世話になった王様に、
そして聖女ってババアかよといった関係者に祝福をおくる。
【祝福:頭頂部限定発毛停止】
王冠の下に。
そこだけ、ハゲ。野球ボールほどのハゲ。
後日談として、
他国では、王様想いの臣下がたくさんいてすばらしいと評判になったとかならないとか。
ある意味祝福の力である。
◇◇◇
彼女は、リスクヘッジが得意である。
想定外に備えてつねにいくつかのバッファプランをもっている。
一時期の感情にまかせて時には大暴走するものの、
帰還の方法も入手しており、すきなタイミングで帰ったり戻ったりもできる上に、
こちらの世界で得た報酬を考えれば、老後まで困ることはない。
精神的なゆとりもできたからこそ、
今度こそはもう少し余裕をもった働き方ができるはずだ。
次の被害者…もといクライアントさがしてみるか…!
第2章、魔王というクライアントと仕事しているけど、今のところ「くそ」は発生していない件
はじまるとかはじまらないとか。




