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第六章 scene7 終焉

包囲された広間。


兵士たちが距離を保ち、王弟と公爵が立ち、

マリアナとエリーゼが見守る中――


中心に立つ女は、微笑んでいた。

イリス。

整った髪も、完璧な微笑も、

いつものままなのに。


その瞳だけがひどく静かに、すべてを諦めていた。


「……結局、ね」


ぽつりと。

その声は、意外なほど柔らかかった。


「わたしは“誰にも選ばれなかった女”よ」


笑う。


誰よりも美しく。

誰よりも哀しく。


「伯爵にも、王にも、国にも。娘にも、世界にも」


兵士が動く気配。マリアナが唇を噛み締める。アイリスが胸を押さえる。


イリスは、それでも微笑む。


「だからここで終わるのは少しも不思議じゃないわ」


 ――その時。


「違う」

静かな声が、場の空気を断ち切った。

みんなが振り返る。

扉の向こうから、ゆっくりと伯爵が歩いてきていた。


薬もは抜けたが、まだ体は弱い。

杖は必要だがその足取りは揺るがない。

彼は、イリスの正面まで歩き、まっすぐ彼女を見た。


 イリスの微笑が――わずかに揺れる。


 「……来るなんて、思っていなかったわ。

あなたは優しすぎて、酷薄すぎる人だから」


伯爵は、かすかに目を伏せ、そして言った。


「――イリス。すまなかった」

その一言が、空気を震わせた。


イリスの瞳が、大きく開く。


「……なにを、謝るの?」


伯爵は続けた。

「君を……最初に受け入れられなかったことを」


イリスの喉が震える。

伯爵は拳を握る。


「君は、傷だらけで、幼い娘を抱いて……

焼け焦げた家から命からがら逃げてきた」


「あのとき、私は責任と重圧に怯え、君を“災厄”の象徴のように扱い、わたしは君を、、」


彼の声が震える。

「君の優しさを、利用した。

君の忠誠を、“便利なもの”として扱った」


「……君は確かに罪を犯した。でも、その罪の半分は――」


伯爵は胸に手を当てた。

「私の罪だ。」


イリスは息を呑む。

震えた。


「やめて……

あなたにそんなこと言われたら――」


伯爵は首を振る。


「イリス。君は、孤独に狂ったわけじゃない」


彼の声が優しい。


「――“孤独のまま、誰にも抱きしめられなかったから”狂ったんだ」


イリスの目から、音もなく涙が落ちた。


彼は宣言する。


「罪は償わねばならない。君は幽閉される。

生涯、この国の“罪人”として扱われるだろう」


兵士たちが緊張し直す。


しかし伯爵は続ける。


 「だが、君を“完全な怪物”としてでは終わらせない」


イリスの肩が震えた。

伯爵は背筋を伸ばし、静かに言った。


「君の罪を、私は共に背負う。」


ざわめき。

誰かが息を呑む音。


イリスは、崩れ落ちるように座り込んだ。


顔を覆い――

震える声が漏れる。


「あの火事の日……」


彼女の手が、無意識に腕へ伸びる。

布の奥、まだ残る火傷の跡。


「全部、燃えたのよ。家も、誇りも、未来も。

……だけど」


涙の中、微笑う。


「アイリスを抱いて、守ったその瞬間だけ――

わたしは“母”だった」


唯一の誇りを、捨て去ろうとした。選ばれる必要などなかった。


イリスは顔を上げる。

アイリスと、目が合った。


母と娘の瞳が、初めて同じ高さで交わった。

イリスは、泣き笑いしながら言う。


「ねえ、アイリス」


「あなたの母であることは……きっと、誇っていいわよね」


アイリスの目から、静かに涙が落ちた。


しかし彼女は首を振らない。

抱きしめに行かない。


それでも――


ただ、まっすぐ言った。


 「……ええ。お母様は……わたしの唯一の母だったのよ。そこに選択などなかったわ。」


イリスは小さく笑って、泣き崩れた。


兵士たちが彼女を囲む。

鎖が鳴る。


伯爵は静かに見守り、ただ一言だけ、添えた。


「――今度こそ、孤独ではなく罪を生きろ、イリス。」


イリスは頷いた。

負けた女の顔ではなかった。


ようやくすべてを諦め、そして、ほんの少しだけ救われた “ひとりの人間” の顔だった。


彼女は連れて行かれる。

静かな背中。


しかし――

その歩みは、もう“狂気の女王”のものではなかった。


母になりきれなかった母として、孤独に女王を演じ、

そして――罪人として、生き直す女の背だった。

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