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第六章 scene6 王が戻る場所

王の私室。


重たいカーテンは閉ざされ、灯りは弱く、空気は湿っていた。


玉座ではない。

謁見の間でもない。


ただの部屋。

ただの男が、ひとり座り込んでいる空間。


その中央に王がいた。


背を丸め。

視線を落とし。

王冠はテーブルの上で埃を被っている。


少し前まで「国の柱」と呼ばれた男は、

いまはただ、“壊れた人間”だった。


扉が開く。


最初に足を踏み入れたのは――王妃。

その後ろに、伯爵と、ルミナ。


王は、顔を上げない。

誰も言葉を発しない。

音は呼吸だけ。


しばらくして王妃は歩いた。

ただの“妻”として。


静かに膝をつき、彼の前に座る。


そして。

ためらいもなく王の手を、握った。


王の肩が、微かに震える。


「……何をしにきた」

ようやく、かすれた声が落ちる。


「私はもう、国を見られない。

民の声も、聞けない。責任も、背負えない」


低い。

弱い。

自分を罵るような声。


 


「私は……もう“王”ではいられない」


 王妃はゆっくり首を振る。


「ええ。あなたは“もう王である必要はない”」


伯爵も、ルミナも――息を呑んだ。

王の指が震えた。


「……それは、どういう――」


王妃は微笑む。涙を浮かべながら。

優しい。腹を括った人間の笑みだった。


「あなたはね」

「“国のために壊れた男”よ」

「責める資格なんて、誰にもないの」


王の喉が詰まる。


「あなたは王であろうとした。必死だった。

戦い続けた。それでも――」


彼女は言葉を絞り出す。

「あなたは、“ただひとりの人間”だったのに」


王の視界が滲む。


伯爵が前に進んだ。

「陛下」


膝をつき、額を床に伏せる。


「私は“奪われた男”でした。

心を壊され、意志を縛られ、尊厳を踏みにじられた」


顔を上げる。涙を隠さない。

「しかし――私は、戻りました」


「戻ってこられたのは、“家族が諦めなかったから”です」


ルミナも一歩進む。柔らかい声。

「陛下にはまだ帰れる場所がございます。」


王の瞳が揺れる。


「国のための王ではなく」

「誰かのために苦しみ続ける象徴でもなく」


王妃が静かに囁く。


「“わたしの夫”として、生きて」


 涙が――零れた。


王は顔を覆い、震えた。

崩れ落ちる。

王でも、象徴でもなく。


ただの、ひとりの男として。


 


「……私は……」


「私は……!」


 


言葉は泣き声に溶けた。

王妃は抱きしめる。


「いいの。泣いていいの。遅すぎるなんてこと、ないわ」


ルミナは背を向ける。

伯爵も視線を逸らす。


これは国家の場ではない。


ただの夫婦の、ただのひとつの家族の再生だった。


しばらくして――


王は涙を拭いた。深く、深く息を吸う。

そして。震えながらも、顔を上げる。


「私は――

“王の責務”から、一時退こう」


伯爵も、王妃も、ルミナも黙って聞く。


「しかし――」


王はかすかに微笑んだ。


「私は――“この国を愛した男”として生き続けたい」


「弟に、道を託そう」


それは決して敗北ではない。

――“勇気ある退場”だった。


王妃は涙を拭い、笑う。

伯爵は深く頭を下げ。

ルミナは静かに息を吐いた。


こうして“優しすぎる王”は名誉を捨てずに――幕を降ろした。

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