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第六章 scene6 国母

王城の奥。

ほとんど誰も近づかぬ長い廊下。


厚い絨毯。

閉ざされた扉。

重たい沈黙。


――その静寂を破るように。

足音が響く。


伯爵。

杖をつく手はまだ震えている。

だが“魂の揺らぎ”は、もはや無い。


隣でルミナが支える。

凛としていた。それは歌姫ではない。

――王と国を救いに来た女。


護衛は目を見開いた。


「止まれ。ここは王の――」


そのとき。

扉が静かに開く。

現れたのは――王妃。


かつて「国で一番優しい微笑み」を持つと言われた女性。今は、影を宿した瞳で、二人を見つめていた。


一瞬、言葉が出ないルミナが、そっと頭を下げた。

「……僭越ながら、まいりました」


王妃は伯爵の顔を見た。

弱り、壊れ、そしてどこかで“戻ってきた男”。王の姿を重ねる。

彼女の喉が、小さく震える。

「……あなたは……“あの女”に奪われていたのね」


伯爵は膝をついた。騎士でも、領主でもなく。

一人の男として。


「王妃殿下……私は“戻りました”。

……奪われた意志を、取り戻しました。まだ、完全とは到底言えませんが」


王妃の指が、口元へ伸びる。

震えを隠すように。


「戻れるの……?」

かすれた声。


「“奪われた者”は……本当に……“帰ってこれる”の……?」


その問いは国民の叫びと同じだった。


一度は夫を失ったルミナが静かに微笑む。

「ええ――戻れます」


王妃の瞳が揺れる。

涙が滲む。


「でも……王は……

陛下は……

あの方は……


――“耐え続けてしまった”人なのよ、いまもなお」


「国の優しさのために」

「国民のために」

「弟のために」

「王族としての矜持のために」


すべてを胸に押し込め最後に心が折れた男。

伯爵は静かに答えた。


「だからこそ“戻さねばなりません”」

王妃は震える手を胸に当てる。


ルミナが一歩前へ出る。王妃の瞳を、まっすぐ見つめる。


「お願いがあります」

沈黙が落ちる。


「――陛下に、“愛する人の声”を届けてください」


王妃が息を呑む。

ルミナの声は揺れなかった。


「イリスは“依存で繋ぐ”」

「わたしたちは “愛で呼び戻す”」


王妃の瞳から静かに涙が溢れた。


彼女は微笑った。

苦しく、美しく。


「……卑怯ね」

ぽつりと呟く。


「こんな言葉を聞かされたらもう逃げられないじゃない」


ルミナもまた、笑う。

「同じ母として――わかります」


「わたしは子を成せなかったわ」


「いいえ、あなたはこの国の母なのです」


二人は見つめ合う。

静かで。優しくて。強い、女たちの戦場。


王妃は背を向け、扉の奥へ歩く。

そして振り返る。


「“王の心へ踏み込む”ということが、どれほど重いことか」


肩で震える息を吸い。

手で涙を拭い。王妃は、国母としての顔を取り戻した。


「――陛下に会わせます」


扉の向こう。

崩れた王座。


静かに扉が、開かれた。

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