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第六章 scene5 影の娘

静かな廊下を、小さな足音が震えながら進んでいた。

光と歌の国の中で、ただ一人、影を背負って。



扉の前。


護衛が動くより早く――膝をついた。


アイリス。

 


誰より強く見えて、誰より傷だらけで――

震える指でスカートを握り締めていた。


マリアナが息を呑む。

「……アイリス」


顔を上げた彼女の瞳は、泣いていないのに 泣き切った後みたいに空っぽ だった。


「……来たのね」

マリアナの声は柔らかい。


アイリスの唇が震える。

声が出ない。


出した瞬間、全部壊れてしまいそうだったから。


 


やっと絞り出した言葉は、驚くほど小さかった。


「……わたしを……」


マリアナは息を止める。


「――裁いて」


静寂。


 


誰も動けない。

護衛も、公爵側の人間も、この少女の壊れ方が怖すぎて。


「わたしは……母の手伝いをして“奪う側”だった」


 拳をぎゅっと握る。


「でも、父を見捨てられなかった」

「だから……母を裏切った」


「敵にも、味方にも、なれない」

「――居場所なんて、どこにもないの」


その声は泣き叫んでいない。

ただ淡々と、死んだみたいに静か。


マリアナの胸が、ひどく締めつけられた。

(“被害者であり加害者”のまま、立ち止まってる)


そして、アイリスは最後の一言を落とす。


「だから、お願い。わたしをここで“終わりにして”」


刺客よりも重い。

死ぬ覚悟より残酷。

“生きられない SOS”。


 

歌が国を救い、光が国を照らした。

――でも。

まだ「ひとり」は救えていない。


マリアナが、静かに歩み寄る。

エリーゼが息を呑む。

ルミナの歌が、まだ遠くで響いている。


そして――

マリアナはそっと、アイリスの肩に手を置いた。

「あなたの裁きは、あなた自身が“母に向かって”したらいいわ」


王城の静かな廊下。

絨毯。

高い天井。

遠くで歌と鐘の余韻。


――扉が開く。

イリスが振り返る。


柔らかい微笑。

完璧な仮面。


しかし、その目の奥が――わずかに動いた。

入ってきたのは。


マリアナ

エリーゼ

ルミナ


そして――アイリス。


 


空気が揺れる。

イリスの微笑が、ほんの僅か、裂けた。

「……アイリス?」


娘は――

震えている、でも折れない。

ただ、まっすぐ母を見る。


「母様」

声が、痛いほど静かだった。


「わたし、あなたに縛られに来たんじゃない」

「わたし、あなたから逃げに来たんでもない」


息を吸う。

瞳が、決意で光る。


「――“あなたとわたしの人生を終わらせに来た”の」


イリスの指が、ピクリと震えた。

周囲が一瞬凍る。


 アイリスは続ける。


「あなたはあなただけの正しさで人を縛る」

「あなたはあなたのひとりよがりの愛で人を支配する」

「あなたは“自分だけが傷ついた女”でいることで世界を許さない」


 喉が震えても止まらない。

「でも私は――」

「“あなたの失敗を受け継ぐ娘”で終わりたくない!」

「私は、“あなたができなかった人生”を歩む!」


 

「だから母様――」


「私の敵になって」


 静寂。


 

そして、そっと横に立つ女がいた。

ルミナ。

かつて夫を失い、かつて自分も壊れかけ、

それでも――歌い直した女。


 

静かに、娘アイリスの肩に手を置く。

そしてまっすぐイリスを見る。


 

「あなたの言う“愛”と“正しさ”」

「私は、もう要らない」


 強いまなざし。

「今ここにいるのは、わたしの心の母よ」


壊れてなお立ち直った女と、呪いを拒絶した娘



イリスは笑う。


美しく。壊れる直前の硝子のように。


「面白いわ。ハリボテの母と娘で、私を裁くつもり?」


アイリスは泣かない。

ただ言う。


「いいえ」


「“私の未来”を、あなたから取り返すだけよ」


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