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第五章 scene5 消耗と希望の狭間

静かな療養室。

薬の匂いと、夜明け前の冷たい空気。


ベッドに横たわる伯爵は、

相変わらず――眠る人形のような顔だった。


エリーゼは机に突っ伏しそうな肩を必死に支え、

記録帳に震える手でペンを走らせている。


「……薬の影響は、確かに弱まっている。

でも……意識が戻る気配はまだ薄い……」


彼女の声は擦れていた。


ルミナは椅子に座ったまま、じっと夫の顔を見つめている。

泣かない。

崩れない。


ただ息をするように祈り続けていた。


護衛副隊長が静かに報告する。

「警戒網は維持しています。

ただイリス派が“動きを察知している”可能性が高い」


空気が重く沈む。


エリーゼがかすれた声で笑う。

「少し休めばいいのにって思ってるんでしょう?」


副隊長は何も言えない。


次の瞬間――

扉が叩かれた。


兵士の声。

「報告! ――客人がお見えです!!」


ルミナとエリーゼの視線が交錯する。


(敵?)

(味方?)


剣の鞘に手が添えられる音が部屋の空気を張りつめさせた――


だが。


扉が開いた。

そして――

「……ただいま、母様」


その声。

その顔。


マリアナ。


少し痩せたけれど、炎は消えていなかった。

むしろ燃えていた。


ルミナの手が震える。

エリーゼの瞳が揺れる。


次の瞬間――

三人はただ、抱き締め合った。


言葉はいらなかった。


やっと戻れた。

でも“帰ってきた”だけじゃ終わらない。


ここから戦うための抱擁だった。


マリアナはすべてを話す。


・王弟との“光の会議”

・国が動き始めたこと

・イリスが“王”に手を伸ばそうとしていること


ルミナが静かに息を吐く。


「“家族の悲劇”は最初の一滴だったのね」


エリーゼが拳を握る。


「お父様が……戻れば……きっとまだ間に合う……!」


マリアナは父の手を握った。


「――戻ってきて。

あなたの家族が、あなたを必要としてる」


その瞬間だった。


伯爵の指が、わずかに動いた。


副隊長が息を呑む。

薬師が目を見開く。


「反応があります!!

意識層が――戻り始めています!!」


希望の灯火が確かに、灯った。



しかしその時


廊下の窓から、

静かにこちらを見つめる影が一つあった。


月明かりの中。


涙を堪えた横顔。


――アイリス。


胸を押さえていた。

痛みに耐えるように。



母のためじゃない。

計画のためでもない。


ただ――


逃げずに見ている。


それが、彼女の覚醒の第一歩だった。


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