第五章 scene5 闇会議再臨 蛇の女王
華やぎと喧騒の歪みの場所。
王都の裏路地を抜けた先にある、誰も正式な地図に載せない館。
その奥深くに――
ふたたび“闇の円卓”が開かれていた。
静寂。
冷たい空気。
人々の息遣いすら罪の香りを帯びる、その空間の中央で、イリスは微笑んでいた。
完璧に整えられた髪。
柔らかな声。
しかし、その瞳は――氷より鋭い。
「さて――状況の“報告”を」
沈黙を破ったのは、震える声の臣下だった。
「…女伯爵ルミナと、エリーゼによる 伯爵奪還されたのですね」
「えぇ、でも伯爵はもうすでに力をなさないわ」
イリスの感情のない声が響いた。
イリスの指が、静かにテーブルを叩いた音。
笑っているのに、空気温度が一瞬で下がる。
側にいた男が静寂に焦りを滲ませる。
「イ、イリス殿……しかしまだ挽回できます!
国王さえ掴めば――!」
その瞬間。
イリスの視線が動いた。
男は喉を鳴らし、言葉を飲む。
しかし――
別の貴族が口を開いた。
声は落ち着いていた。
だが、その目には黒い野心が燃えている。
“王弟否定派”の筆頭貴族。
「……実は、朗報がございます」
イリスの紅い唇が、ゆるやかに弧を描いた。
「朗報?」
「――“王は、もはや完全に国を見ていない”」
闇会議の空気が揺れる。
「政務は最低限。だが判断力の低下は明白。
情緒の乱れ、倦怠、責務拒否――」
イリスはゆっくりと目を伏せた。
(……やはり “壊れている”のね、王)
貴族は続ける。
「我ら王弟嫌悪派の一部は、既に――王の側近の一角を“取り込んでおります。」
その言葉に、場の数人がざわめく。
「つまり」
彼は静かに笑った。
「――“王の耳”は、 もはや“王国のもの”ではありません。王は特効薬をお求めです。」
イリスの肩が小さく揺れた。笑っている。
しかしその笑みは――
この世の慈悲とは真逆のもの。
「……面白いわ。王の役に立ちましょう」
イリスは立ち上がる。
その一歩ごとに、誰かの背筋が凍る。
「動くまでもないと思っていたけれど」
「もう一度、《舞台の中心》に立ってもらいましょうか――国王陛下のハリボテとして」
臣下が息を呑む。
「い、イリス殿……まさか、王を――」
「いいえ?」
イリスは微笑んだ。
「“殺す”必要なんてないわ」
瞳が笑う。
「薬で治してさしあげるのよ」
・王の精神は弱っている
・判断能力も揺らいでいる
・孤立し始めている
・“現実から逃げたい”心を持ち始めている
イリスの声は静か。
しかし――甘い毒だった。
「そんな人間ほど、“寄りかかる支え”を欲しがるもの」
「優しく微笑み、“あなたは間違っていない”と囁けば――」
「“国王は、私を必要とする”」
王弟否定派の貴族が問いかける。
「しかし……
王弟派、そして公爵派は黙っていません」
イリスの微笑みが深くなる。
「なら――“王を、弟から遠ざければいいだけ”」
闇会議の席に、ひとつの策が描かれていく。
・王の周囲を“優しい虚偽”で固める
・不安を刺激し、“弟を危険な存在”に刷り込む
・安全を装った“私だけの世界”に閉じ込める
・王弟の発言力を徐々に奪い取る
・そして――
“国家の意思決定を、女一人が握る”
誰かが震える声で呟いた。
「……まるで王を、檻の中の鳥に――」
イリスは微笑む。
「違うわ」
冷たい瞳。
美しい声。
だが――その意味は血よりも冷たい。
「王は 檻の中の鳥 なんかじゃない」
「――“私の作った楽園の“住人”になるのよ」」
その瞬間。
空気が完全に支配された。
闇会議の全員が悟る。
この女は――
恋に破れただけの女でも、
復讐に狂うだけの母でも、
一族を守ろうとするただの策士でもない。
蛇の女王
“王国そのものを、丸呑みにする女"だ。
最後にイリスは静かに言った。
「さあ――“国そのもの”を、取りに行きましょう」
まるで恋人に会いに行く夜会へ向かうような、甘い声で。
闇会議は終わる。
冷たい夜風が吹く。
しかし王都のどこかで――
確実に“何か”が動き始めていた。




