第五章 scene4 報告
光の会議が一段落した頃。
重たい扉が、静かに開いた。
場にいた誰もが、息を呑む。
護衛副隊長が、戻ってきたのだ。
服は乱れ、肩に怪我。
しかし、その目は――確かな光を宿していた。
「――成功しました。
伯爵は……奪還済みです」
場が揺れる。
マリアナは、椅子を握った。唇が震える。
声にならない声が喉に詰まる。
王弟が促す。
「詳しく」
護衛副隊長は報告を始めた。
声は軍人らしく淡々としているのに内容は、あまりに激烈だった。
奪還の経緯はこうだ。
・離れ屋敷は無人に近く
・外の警備は本邸へ移動させられていた
・迎えたのは――アイリスと古い使用人たち
マリアナの目が見開かれる。
(……アイリス?)
「彼女は……伯爵の居場所を案内してくれました」
エリーゼを見据え、“母に……伯爵に……罪を償わせてほしい”と。
伯爵は枯れ枝のようにやせ細り、
焦点の合わない目をしていた。
しかしまだ、生きていた。
護衛副隊長の声が、わずかに震えた。
「……治療は、静かではありませんでした」
薬が切れ、意識がわずかに戻り――
伯爵は叫んだ。
泣いた。
震えた。
人間らしさを、取り戻してしまったから。
*自責
*罪悪感
*ルミナへの後悔
*娘たちへの申し訳なさ
押し殺されていた全てが、一気に噴き出し――
「……自分で、自分を責め続け……
“生きる資格がない”とまで口にされたそうです」
護衛副隊長は続ける。
だが。
そこで、止めたのは、エリーゼの手だった。
「――大丈夫」
泣きながら、それでも笑って。
そしてルミナが、夫を抱きしめた。
「帰り道は、あるわ」
と。
そうして伯爵は崩れ落ちて泣いた。
家族に守られながら。
“生きていてくれた罪”
“守れなかった罪”
“壊れてしまった弱さ”
全部を吐き出すように。
だが――
「……まだ完治ではありません。
伯爵様の心と記憶は、完全ではなく、長い時間がかかります。ですが――」
護衛副隊長は、誇らしげに胸を張る。
「彼は、もう“人形”ではありません。」
マリアナの目から、静かに涙がこぼれた。
手で口を塞ぎ、声を殺して泣く。
王族も、貴族も、誰も彼女を笑わなかった。
むしろ誰も目を逸らさなかった。
(……よかった……)
胸の奥から溢れる、温かくて、痛い涙。
王弟が静かに言う。
「彼は――帰ってきたのだな」
護衛副隊長は深く頭を下げた。
「はい。“奪われた王国の心”が。一つ、戻りました。」
報告が終わり、一息ついたあと
王弟は静かにマリアナの席の近くへ来た。
他の者たちは敢えて距離を取る。
これは、国ではなく――
一人の少女と、一人の王族の会話だから。
「……よく、耐えているな」
王弟は優しく微笑んだ。
「普通なら、泣き崩れてもおかしくない」
マリアナは涙を拭く。
「崩れたかったですわ。でもわたしが崩れたら、“誰が前に進むの?”って思ったの」
小さく笑う。
でも、その笑顔は強い。
王弟は目を細めた。
「君は、王族に向いているよ」
マリアナは吹き出した。
「……ご冗談を」
「いや、本気だ」
その冗談めかした温度とは裏腹にその瞳は本気だった。
そして王弟が、少しだけ声を落とす。
「――王が、ここにいない理由を話そう」
マリアナの表情が変わる。
円卓も静まり返る。
王弟は、苦い表情をした。
「実は……兄上は――」
少し言葉を選んでから、続けた。
「“病”だ。長期的な、静かな病だ」
マリアナの瞳が揺れる。
「身体は問題ない。
しかし――精神を、少しずつ削られる病」
老将軍が重く言う。
「“無気力の王”だ」
宰相補佐が続く。
「政務は最低限行える。
しかし、“決断”ができなくなりつつある」
マリアナは理解した。
(……つまり)
「“国王が、自分で王であることを手放してしまう可能性がある”」
王弟は、静かに頷いた。
「そうだ。
だから私が兄に代わって、剣を取るしかない。」
それは野心ではなかった。
権力欲でもなかった。
ただ“国を守りたい弟の覚悟”だった。
王弟はマリアナを見る。
優しいけれど、逃げない眼差し。
「君の戦いは、家族のためだった。
だが――」
「これからは、“国の戦い”にも関わることになる」
「怖いかい?」
マリアナはほんの少しだけ、笑った。
「怖い。でも――」
伯爵の涙。
母の抱擁。
姉の叫び。
灯された領地の灯火。
そして、アイリスの苦悩さえも。
全部背負った笑顔で。
「――“怖いからこそ、進むのです”。
伯爵の娘として。この国の民として。」
王弟は静かに息を吐き、微笑む。
「ならば君はもう、“ただの少女”ではない。」
ここに。
家族の戦いと、国の戦いが正式に繋がった。
物語は――決定的に、王国規模へと動き出す。




