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第五章 scene3 見ていた娘

窓辺のカーテンの影に、少女は立っていた。


アイリス。


屋敷の二階。

馬車の前を見下ろせる、ちょうど良い場所。


ただの興味ではない。

ただの見物でもない。


胸の奥がざわざわして――

“見なければいけない”と感じて、足が勝手にここまで歩いてきた。



そして。

そこで見た。

母と――ルミナの対峙を。


夜風のなかで交わる言葉。


剣も魔法もない。

血も流れない。


ただ。

二人の女の人生がぶつかっていた。


イリスが叫ぶ。

ルミナが受け止める。


イリスが刺す。

ルミナが抱え込む。


そして。

ルミナが、“母を言葉で壊した”。


母の顔から、仮面が剥がれていく。


怒り。

執着。

嫉妬。

孤独。

憧れ。

未練。


全部。


全部。


アイリスは初めて見た。


(母様……)

唇が震える。


「あなたは愛してなんかいない。

あなたはただ、孤独なのよ」


ルミナの声が夜気の中に響き、

その瞬間、母の瞳が揺れたように見えた。

涙が零れた。

声が出なくなった。


胸を押さえ、呼吸を乱し、ただの“女”になった。


完璧じゃなく。

冷徹でもなく。

支配者でもなく。


ただ、「報われなかった女」になった。


 アイリスの心臓が、ぎゅっと握り潰された。

(……母様……)


声に出せない。

出したら、崩れてしまう。


イリスは涙を拭って笑い直す。


自分を取り戻す。

再び悪役に戻る。


でも。


その “たった一瞬の弱さ” を見てしまった娘は、

もう元の世界へ戻れない。


(母様は、強い人じゃなかった)

(母様は、完璧な人じゃなかった)

(母様は、“冷酷だから支配している”んじゃない)


 ――支配しないと、生きられない人だった。


 膝が、わずかに震えた。

(じゃあ、私は……?)


 

母のために生きてきた。

母の言葉は世界の正解だった。

母の理性は絶対だった。


でも、今見えた。

その根本にあるのは孤独と渇望と、壊れかけの愛。


(私“なんのために”生まれた子なの……?)


胸が締めつけられる。


母は悪。

世界の敵。

家を壊した張本人。


それでも「嫌い」になれない。

だって。


(あの涙を“母親の涙”だと思いたい)


イリスは背を向け、闇へ消えた。

一瞬、わたしを見た気がした。

気のせいかもしれないが


ルミナは静かにその場に立ち尽くす。


馬車は、遠くへ。

世界は、動き続ける。


ただ一人。


窓辺の少女だけが時間の中に取り残されていた。


指先が震えながら、胸元をぎゅっと掴む。


「……母様……」

小さく、誰にも届かない声。


あれが、檻の外の世界の光なのか。

それとも檻の向こう側の地獄なのか。


まだわからない。

ただ。


アイリスの中の選択の天秤が初めて、大きく揺れた。


そしてこの夜。

世界はまだ知らない。


この 少女の涙混じりの揺らぎ が

いずれ、国を変える一手になることを。

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