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第五章 scene2 母の支配

王都の、とある建物。

見るからに冷たい部屋に、少数の“選ばれた者”だけが集っていた。


軍人。

商人。

宗教関係者。

そして――幾人かの貴族。


中央の椅子に、イリスは座る。


そこは“頂点の椅子”。

彼女はかすかに微笑む。

「さあ――“理想の世界”の続きをお話ししましょう」


蝋燭の炎が揺れた。

その揺らぎはまるで警告のようだった。

だが誰も言葉にしない。


彼女の世界の始まり

イリスは軽く指を鳴らす。


「現状報告を」


淡々と進む密談。

領地掌握。

貴族の懐柔。

新しい統治制度。


“効率で支配する世界”。


彼女の望む未来は、“優しい地獄”。


「順調です」

「あなたの構想は完璧です」

「王家さえ形だけになれば――」


称賛が並ぶ。もはやそれは女王の貫禄。

イリスは微笑む。


そのとき――

扉が叩かれた。

会議に割り込む許しなど、本来ない。


場の空気が一瞬凍る。

従者が駆け込み、膝をついた。


「い、イリス様――!

本邸より緊急報告……!」


イリスは視線だけを向ける。

「言いなさい」


「伯爵様が……消えました」

空気が――音を立てて壊れた。


誰も息をしない。

蝋燭の火が揺れ、壁に落ちる影が歪む。


イリスの微笑みが一瞬だけ消えた。


「……何を言っているの?」


声は、静か。

しかし、ぞっとするほど冷たい。


従者は震えながら続ける。


「警備は本邸に集められておりましたが、伯爵は本邸ではなく別邸に。別邸に残された者達の動きは……計画的で、内部協力者が……かなりいた模様、指揮は」


言葉を選ぼうとした、その瞬間。


イリスの椅子の肘掛けに置かれた指が――

ボキン、と音を立てた。


木が、砕けた。

誰も声を出せない。


イリスの睫毛が、ゆっくり震える。


そして――

ただひとつ、名前が吐き出された。


「……アイリス」


娘の名。


疑いではない。確信だった。

もう、完全に理解している瞳だった。


会議に参加していた者たちは息を飲む。


あの完璧で、静かな、従順だった娘が?


そんな馬鹿な。

そんな裏切りが?


なのに――

イリスは、笑った。


怖いほど、美しく。


「……わたしはやはり選ばれないのね。

あの子は、“私のものだけではいられなかった”のね」


母の声ではない。

世界を支配できなかった少女の、悔しい笑い。


「愛を求める限り、“私の世界”は完成しない」


その瞬間、彼女は母であることを――棄てた。


 


「――馬車を」

従者の背筋が跳ねる。


「最速で。どんな手段でもいい。

道を封鎖しても構わない。“あの娘と伯爵”を逃がす隙は――一瞬たりとも与えない」


瞳が闇を灯した。


「連れ戻します。“私の世界”に」


軍人が動く。

商人が走る。

宗教家が祈りながら命令を出す。


闇が――動き出す。


 


扉へ向かうイリスの背に、公爵が恐る恐る問いかける。


「……イリス殿。

もし娘君が――完全に反逆していたら?」


イリスは振り返らない。

ただ、言葉だけを残した。


 


「“母を捨てた娘”はもう娘ではありませんわ」


 


夜の街を裂きながら、黒い馬車が走り出す。


涙を流すわけでもない。

叫ぶわけでもない。


ただ――


“支配者の顔”で。

“鬼の顔”で。


 イリスは、別邸へ向かった。


 


その頃。


伯爵の部屋の扉の前で、

アイリスは震える手を胸に押し当てていた。


(――来る)


母が。

支配者が。

“檻の創造主”が。

 


それでも扉の向こうには、守りたい家族がいる。


 


「……怖くても、逃げない」

彼女の選択は、もはや二度と“元には戻らない”。


 


闇と光は――

ついに真正面から、衝突する。

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