第四章 scene5 灯は増えても
灯は増える。だが、時間はもう残されていない。
レーヴァント領を離れても、マリアナの足は止まらなかった。
イリスの手が伸びた各地。同じように “整っているのに、どこか壊れている領地” を巡っていく。
最初に見つけたのは、「声なき領民」が当たり前になった村。“静かで、効率的で、問題がない”
――そんな嘘で塗られた場所。
マリアナは名を隠し、普通の旅行者として入り込む。
そこでやることは、単純だった。
泣いている子どもを、泣いたまま抱きしめること。
弱音を吐いた大人に、「弱音を吐いていい」と言うこと。「これはおかしい」と、最初の声を誰かに言わせること。火打石を擦るみたいに、ほんの少しの火花を落としていく。
すると、どの土地でも必ず誰かが、静かに名乗りを上げた。
医師。
司祭。
街娘。
学者崩れの青年。
そして…かつて、ただの“優しい人”だった領民たち。
彼らはマリアナの火を受け取り、それぞれの土地にも「灯火」が生まれていく。
火は増える。
仲間は増える。
情報も集まる。
けれど。
“埒が明かない”。
どれだけ灯を増やしても、イリスは止まらない。
むしろ――速くなる。
貴族たちはすでに“合理の言葉”に侵されている。
冷たい幸福を飲み込んでしまった心は、
もう一度熱を与えなければ動かない。
そして何より伯爵は壊れ続けている。
時間がない。
(……いつかじゃ、間に合わない)
マリアナはようやく悟る。
これはもう、“領地単位の火消し”では足りない。
もっと上を、叩かなければ。
旅籠の小さな部屋で、マリアナは地図を広げながら呟いた。
「このまま増やしていけばいずれ国は動く。
でも、“いずれ”じゃ、イリスは国の芯まで奪ってしまう」
横で話を聞いていたエリーゼが、静かに頷く。
「うん。根をすべて焼かれる前に根の“上”をひっくり返すしかない」
侯爵が言った言葉が、脳裏によみがえる。
この国は、《王がまだ健在な国》だ。
まだ希望は残っている。だが、王は簡単には会えない。
「王城に入り込む手段は、ないわけじゃない」
エリーゼは紙を指で叩いた。
・イリスの影響を脱し始めた貴族家
・侯爵家の信用
・灯火ネットワークによる裏情報網
「全部つなげれば“王が動かざるを得ない状況”を作れる」
マリアナは大きく息を吸った。
怖い。でも、もう迷わない。
(逃げない世界を、選ぶって決めたんだ)
拳を握る。
「行こう。王城へ」
それは無謀で。
危険で。
国を賭けた賭けだった。
けれど、
世界が完全に壊れる前に届く唯一の道でもあった。
灯は、国の中心へ向かう
その瞬間、「灯火」はただの抵抗組織ではなくなる。
“王都へ進む革命の前触れ”
イリスが作った “効率という檻” と、
マリアナが灯した “人の心の火”。
ふたつの力が、
いよいよ真正面からぶつかろうとしていた。




