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第四章 scene4 夫人の説得

夜。

夫人は、久しぶりに旦那の書斎の扉を叩いた。


「……あなた。今夜は、少しだけお話をしてもいいかしら?」


机に並ぶ書類の山。税率の見直し、領民の労働配分、倉庫の管理効率、病人選別規定。

どれも、「正しい」書類だった。


子爵は顔を上げる。

「……忙しい。明日にしてくれ」


優しさは抜け落ち、義務で動く人形のような声。

夫人は微笑む。

「じゃあ“奥様”としてではなく、ずっと、あなたの隣で笑っていた“妻”として、お願いするわ」


その言葉で、子爵の手が止まった。

夫人は机越しに、彼の手に触れる。


「あなたはね、昔……“領民が笑っていない領主は失格だ”って言っていたでしょう?」


子爵の指が、ほんのわずか震えた。

「……それは、もう昔の話だ」


「違うわ。あなたは、変わっていない。ただ“痛い現実を見る心”を、誰かに奪われただけ」


夫人は静かに語る。

・領民たちは笑わなくなった

・病人は切り捨てられるようになった

・子どもたちの声が小さくなった

・兵士は怯えて命令を守っている

・“効率”の下で、心が削がれていく


「……でも、“仕事は回ってる”。“誰も死んでいない”。“数字は改善してる”。」

彼の理性が言う。


夫人は微笑んだ。


「ええ。だからあなたは“間違っている”のよ」


沈黙。


夫人の声は震えていた。

「わたし、あなたが怖いのよ。今のあなたは、“誰かが作った正しさ”の中に閉じ込められてる。あなた自身の判断じゃない。あなたの優しさが、どこにもない」


そして彼の額にそっと触れた。


「お願い。あなた自身に戻って。“あなたの領地”を、“あなたの民”を守って」


子爵の視界が滲む。久しく流していなかった涙が、静かに零れた。


彼は机に顔を伏せ嗚咽した。


「……俺は……俺は……ただ……失敗するのが怖かった……“正しいと言われる道”に逃げていた……!」


夫人は優しく抱きしめた。

「逃げるなら、わたしのところに逃げなさい」


次の日から夫人は静かに動き始めた。


表では何も変わらない。命令も、規則もそのまま。

けれど 水面下だけが動く。


夫人は、護衛副隊長 を呼び、

「命令は守りなさい。でも、“人として守るべきもの”は忘れないで」


とだけ言う。それで十分だった。

副隊長は動く。若手兵士たちが集まる。


「怪我や病気の民は……“報告されていないだけ”なら、処分対象じゃないよな?」

表に出ない保護リストが作られる


侯爵の紹介で入った薬師と繋がり、


・薬の本当の配布状況

・妙な薬の出入り

・医療切り捨ての実態


を整理してわ不審な薬の流通データを集約開始した


泣かない領民たちに夫人はあえて、言った。

「泣いてもいいのですよ」と声をかけてまわった。その言葉だけで、膨大な感情が溢れた。


彼らの口が少しずつ開き、夜の小さな集会が生まれる。 “声を取り戻す場” が生まれた


子爵も覚悟を決めた。もう一度領民の幸せを取り戻す


・公にはイリス派の領主を続ける

・しかし裏で情報を集める

・おかしな決定は微妙に“遅らせる”


その輪は広がり、やがて人々は、ひそかにこう呼ぶようになる。「灯火ともしび」消されぬように、

でも確かに世界を照らす、小さな火。


夜、夫人は窓辺で灯りを見つめる。

(……あの少女。あなたが火を灯してくれたのね)


遠い場所にいるマリアナを思いながら、そっと祈る。

“わたしたちは、ここにいる”

"この小さな灯を守るわ"



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