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第一章 scene2 会話とささやき

私は通り過ぎようとして――足を止めた。


「ねえ、少し……いい?」


声をかけると、侍女は一瞬だけ驚き、すぐに頭を下げた。


「もちろんでございます、マリアナ様」


その答え方も、完璧だ。

けれど完璧すぎて、胸に冷たい違和感だけが残る。


「最近……何か、変わったことってある?」


漠然とした問いだった。

けれど、彼女は少しだけ目を揺らす。


「いえ……特には……」


「“特には”?」


問い返すと、彼女の喉が小さく動いた。


「ただ……前よりも、皆……静かになった気がいたします」


「静か?」


「はい。

言葉を選ぶようになった、と申しますか……

どなたかの耳に入ってしまっては困る、と……」


そこまで言って、侍女ははっとしたように口を押さえた。


「――失礼いたしました。余計なことを申し上げました」


「いいの。聞けてよかったから」


私は微笑む。

けれど彼女は安心するどころか、さらに小さく体を縮めた。


「……お気をつけくださいませ、マリアナ様」


「私が?」


「いえ……」


また言葉が途中で切れる。


その沈黙の方が、何より雄弁だった。


廊下の角を曲がりきった私の背中を、小さな声が追いかけた。


「……気づいてらっしゃるのかしら」


「さぁ……けれど、あのお方は鋭いから……」


「それが危ないのよ」


その言葉を聞いた瞬間、足が止まりそうになる。


でも、振り返ることはしなかった。


振り返ったら――

“聞こえなかったこと”にできなくなる気がした。


扉の向こうで、イリスが笑った。


柔らかく、完璧な声で。


その笑い声が扉越しに届くだけで、

なぜだろう――

屋敷全体が、ほんの少し息を止めた気がした。


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