第三章 scene6 味方の味方
調査が進む一方で、街の小さな家では別の戦いが始まっていた。
街の静かな診療所。
質素だけど清潔な部屋の奥で、エリーゼが軽く手を洗う。
「本当に、いいんですか……手伝わせていただいて」
女医は微笑む。
「助かっているわ。あなた、看病が上手いもの」
そう。
エリーゼには、“誰かに手を伸ばす自然さ”がある。
•子どもに薬を飲ませる手
•震える老婆の背を撫でる指先
•病室に光を入れる優しい声
それらは、治療ではない。
“安心を与える仕事” だった。
そして医師や患者はすぐに気づく。
知識がある。
思考が冷静。
問いが鋭い。
それもそのはず。
前世で、エリーゼは 薬品管理と医療事務を担っていた社会人 だった。
「ねぇ、変なのよ」
エリーゼは診療所の帳簿を見て小さく眉を寄せる。
「この薬……市場価格より、ずっと高いのに。それなのに“効果が安定しない”なんて、変だわ」
医師は息を呑む。
「……あなた、やっぱり只者じゃないわね」
やがて診療所の人々は、エリーゼを“仲間”として扱い始める。
•医師
•看護婦
•街の母親たち
•兵士の妻
みんなが少しずつ、いろいろな薬の噂をエリーゼに届けはじめた。
一方、母ルミナ。
彼女が見つけた居場所は――やはり教会だった。
静かな礼拝堂。祈りの言葉が止むと彼女の声が響き始める。
清らかで、澄み切った歌声。
奇跡ではない。
魔法でもない。
ただ人の涙を、静かに溶かしていく声。
街の老人が言う。
「……救われる……」
兵士が椅子に顔を伏せる。
「戦場を思い出して眠れなかったのに、今日は眠れそうだ」
教会の神父は静かに目を閉じ、言葉を落とす。
「この声は、人の“心の麻酔”ではなく“痛みを受け止める声”です」
そう。
イリスの薬は、痛みを消して“思考を奪う”。
ルミナの歌は、痛みを抱いたまま“前へ歩かせる”。
だから街の人は自然にルミナの側に集まった。
•仕事帰りの労働者
•子供を抱く母
•戦場帰りの兵士
•心を失いかけた人々
そして、その輪が“コミュニティ”になった。
ある日。教会の片隅で、男が帽子を深く被ってルミナの歌を聴いていた。
侯爵の護衛隊副長だった男だ。
(この声を奪った奴は……許さない)
静かに拳を握る。
別の日。
診療所の奥で、エリーゼが薬瓶を見つめていた。
彼女のそばに立っていたのは――若い薬師。
「エリーゼさん。もし戦うなら、僕も力になります。
あの薬は……“社会を壊す毒”です」
味方は――叫んで作るものじゃない。“安心できる居場所”のそばに集まってくるものだ。それが、エリーゼと
ルミナの「強さ」だった。
⸻
星の光だけが窓から射し込む夜。
母は静かに言った。
「ねぇ、エリーゼ。あなた……怖くないの?」
エリーゼは少し笑った。
「怖いわよ。でも、放っておくほうが、ずっと怖い」
そして続ける。
「マリアナは“戦う人”。でも、私たちは“守る場所を作る人”でいたいわ。」
母はそっと娘の手を握った。
「じゃあ――母は、“帰る場所を守る人”でいましょうね」
ただそれだけの会話。でもそこには2人の覚悟 が宿っていた。




