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第三章 scene4 協力者

ルミナの隠れ家。扉が開く。


前執事、姿勢正しく立つ。


「……マリアナお嬢様。本当に、よくご無事で」


侯爵が歩み出る。


かつて恋した歌姫を守りたい男の静かな声。


「……お帰りなさい。

 “戻るべき場所を奪われた娘”よ」


小さな間。


「――家を、取り戻そう。

 あなた達の“灯り”を」




伯爵家で四十年仕えた前執事。


礼儀を崩さず、声を荒げず、それでも屋敷の魂を守る最後の番人だった。


初代夫人の死も知っている。壊れた伯爵も見た。

そこへルミナが来て、家が息を吹き返す瞬間も、彼は炉の火の前で何度も見届けた。


そして密かに誓った。


「この家は、次こそ家族を失わせてはならない」


しかしその誓いを踏みにじるように、イリスが屋敷の主導権を握り始める。


彼女の指示は合理的で、美しく、反論の余地なく正しかった。


だが「“正しいこと”とは、いつも人を救うものだったか?」


執事は、違いを知っていた。


屋敷から灯りが消えた。

空気が冷たくなった。

ルミナは笑えなくなった。

伯爵は“伯爵としての顔だけ”で生きるようになった。


そして――


「あなたの役割は、もう必要ありません」


ただそれだけで、彼は切り捨てられた。


静かに頭を下げ、荷物をまとめて屋敷を去る間。

泣き崩れた侍女の声を、彼は背で受けた。


「申し訳ありません……守れず、申し訳ありません」


それは伯爵家に対してではない。


“かつての温かい家族”を守れなかった自分自身への悔恨だった。


そして外に出て侯爵から真実を知らされる。


薬。

意図された支配。

“家族”を“管理された家”に変える計画。


執事は静かに拳を握る。


年老いても。

職を失っても。

立場を奪われても。


一度守ると決めた家族を、

最後まで守るのが――執事だ。


「伯爵家を……“家族の場所”として、取り戻す」


それが、彼の戦う理由。





侯爵は戦略家ではあっても、夢想家ではない。

冷静で、現実を見据え、必要なら汚れ役を引き受ける覚悟の男。


だが――彼には、誰も知らない“個人的な誓い”があった。


昔、教会の片隅で聞いた歌。


王都のざわめきも、政治の軋みも、戦場の血の匂いも、すべてを静かに沈めてしまう、不思議な歌。


「……人が、人のままで生きていくための歌だ」


彼は、その歌を歌う女性――ルミナに恋をした。


しかしそれは奪う恋ではなく、ただ「この人には幸せでいてほしい」と願う恋だった。


伯爵がルミナと再婚した日。

侯爵は宴の影で杯を傾け、ただ静かに笑った。


「……ならば、私は見守る役でいい」


政治の荒波に晒される伯爵家を見ながらも、「あの家なら大丈夫だ」 と信じられたのは、あの歌が屋敷に灯を戻したことを、彼が知っていたからだ。


だが近年の伯爵はおかしかった。


見た目は笑っているのに、魂が奥へ奥へ沈んでいる顔。政治の会談で、あり得ない“判断の遅れ”。


そして決定的だったのは――


「最近の伯爵様は……歌を聞かれても、何も感じておられないようで」


ルミナを遠ざけられた侍女が、涙をこぼしてそう告げた時。侯爵は悟った。


「“精神”を壊されている」


しかもこれは偶然ではない。意図がある。構造がある。“計画された崩壊”だ。


そして次に奪われるのはきっと、あの歌だ。


だから彼は剣を抜く。

政治という名の剣を。

権威という名の盾を。


「私は、あの歌を守る」

「そして――人として笑う家を守る」


ただそれだけの理由で、彼は戦場に戻ってくる。


恋が終わっても、愛は終わらなかった。




侯爵「私は、歌を守りたい」


執事「私は、家を守りたい」


そして二人は、理解する。


「――ならば、それは同じことだ」


握手はいらない。

契約もいらない。


ただ、静かにうなずくだけで十分だった

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