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第三章 プロローグ

夜の応接室は、静かだった。


豪奢な部屋なのに、どこか冷たい。

壁に揺れる灯火に照らされ――

その中央に、三つの影があった。


イリス。

アイリス。

そして、アックス。


誰も口を開かない。


まだ、はっきりと言葉にしてはいけない――

そんな緊張が、空気を凍らせていた。


最初に、息を吸ったのはイリスだった。


「……そろそろ、決めましょう」


静かな声。

しかし、その一言が――

この家の未来を動かす「合図」 になった。


アックスが僅かに身を正す。


イリスは、テーブルの上に置いた書類を指で軽く叩く。


「この屋敷は、もう“自然”には救われません。

放っておいて立ち直るほど、優しくはないのです。

誰かが、――方向を決めなければ」


それは、責任でも。権力でもなく、“支配”の宣言。


アイリスは微笑んだ。柔らかい、しかし全てを見透かす微笑。


「母様の仰る通りですわ。“バラバラよ、家族”は、もう“家”を守れません」


優しい声で、容赦のない現実を突きつける。

「この屋敷は象徴であり、柱であり、政治そのもの。

“弱い人間の感情”に振り回されていい場所ではありませんもの」


アックスは拳を握る。でも、その表情は――迷わない。

(俺は……もう、選んだ)


イリスはふっとその目を見つめる。

「アックス様。あなたにもお願いがあります」


「……俺にできることなら」


それだけで十分だった。


イリスは微笑んだまま、告げる。


「伯爵様の“負担”を、これ以上おひとりで背負わせないため……今後もしばらく、“楽にお過ごしいただける環境”を維持しましょう。」


“壊す”とは言わない。“弱らせる”とも言わない。


ただ、“楽に”。


アックスは静かに頷いた。

(それで伯爵が苦しまないなら、それで、この家が保てるなら俺は、やる)


罪悪感はもう、アイリスが抱いてくれると知っている。イリスの視線が次に向いたのは――娘。


「そして、アイリス」

「はい、母様」


二人の間には、言葉以上の理解が通っていた。


「あなたの役目は――」

アイリスは微笑む。

「“正しさ”の顔を、保つことですね」

議員の夫人のように完璧な笑顔で、天使の声で。


「わたくしが微笑んでいる限り、みな“安心して滅びる”ことも恐れませんわ」

その言い方は――残酷なのに優しかった。

アックスの喉が、ごくりと鳴る。


(……やっぱり、怖い)


でも同時に――


(だからこそ、美しい)


アイリスはふと、柔らかく続ける。


「そして――彼女を、孤立させます」


彼女。

マリアナ。

「“危険な不安要素”として」


笑顔のまま告げられたその言葉は処刑宣告だった。


イリスが静かに目を閉じる。

「ルミナ様とエリーゼは、遠くへ。

伯爵様は、支えと称して弱くする。

マリアナ様は、疑念と孤立の中に置く」


それは計画ではなく、

“未来の既定事項”のように語られた。


アックスは、一瞬だけ目を伏せる。


(マリアナ……ごめん)


それは、心の中の謝罪。

声にできない、卑怯な謝罪。

それでも――


「……分かった」


彼は顔を上げた。


「俺は“こっち側”に立つ」


宣誓。

覚悟。

堕落の完成。


その言葉を聞いて――

アイリスは、ゆっくりと満足げに微笑む。


イリスは静かに頷く。


そして三人の視線が、同じ一点を見据えた。


伯爵家。そして、“大舞台”。


「これから先は……」

イリスが静かに告げる。


「ただの家の問題ではありませんわ」


アイリスが、優しく告げる。


「社交界と、王家と、世界に見せる“物語”ですわ」

アックスが息を吸う。


胸の奥で、確かに理解した。


これは戦いだ。

陰謀だ。

革命だ。


「幕を、上げましょう」


イリスのその言葉とともに――


伯爵家の運命は、

音を立てて“新章”へと転がり始めた

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