第二章 scene6 イリスの提案
会議室の空気が、いつも以上に静かだった。
イリスはいつもの優しい微笑を浮かべたまま、しかし――“決定を運ぶ声”で口を開く。
「……伯爵様。ひとつ、どうしても申し上げなければならないことがございます」
父の指が、僅かに止まる。
「なんだ、イリス」
イリスは静かに息を整えた。
「――エリーゼを、この屋敷から離してはどうでしょうか」
空気が、凍る。
母の息が止まり、私の心臓が跳ねた。
「領地へ、お連れするのです。
静かな気候、穏やかな環境、空気も良い……療養には、あちらが最適です。」
医師がすぐに頷く。
「賛成いたします。……この屋敷は刺激が多すぎる。責務の空気、政治の往来。繊細な方には――負担でしょう」
イリスは柔らかく続ける。
「それに……マリアナ様や伯爵様の姿を見るたび、
“気丈でいなければ”と無理を重ねてしまうのです」
その言葉は、“責めていないように聞こえる責め”だった。
母が震えた声で言う。
「でも……エリーゼを、一人で?」
イリスは首を横に振る。
「いいえ。ルミナ様に、ご同行いただきます」
母が息を飲んだ。
「わ、私が……?」
イリスは優しく微笑う。
「ええ。あなたほど、エリーゼを安心させられる方はいません。“母として”であり、“光として”」
「あなたがそばにいれば、あの子は必ず安らげます」
「だから……お願いしますね、ルミナ様」
“お願い”――
でも、それは 帰ってこられない線を踏ませる魔法の言葉。
父は、目を伏せた。
「……確かに、あの子には静かな場所が必要かもしれないな」
アックスは黙り、母は震え、私は――声が出なかった。
(連れて行かれる。“守るため”って言葉で。“幸せのため”って形で。家族ごと、切り離される――)
アイリスが優しく言葉を添える。
「ねぇ、マリアナ。これがいちばん“エリーゼお姉様の幸せ”よ」
優しい声で。
正しい顔で。
だから――誰も否定できない。




