表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/45

第一章 Scene7 マリアナの孤独

夜になった伯爵家は、静かだ。


昔、この静けさは心地よかった。

一日が穏やかに終わっていく音――

そう思える温度が、確かにあった。


でも今は違う。


静けさはただの“空白”で、そこに満ちるのは、言葉にできない不安だけ。


窓から外を見下ろすと、庭園はランプに照らされて色を失い、遠くに見える灯りだけが、世界がまだ動いていることを教えてくれていた。


父は、書斎で灯りに縛られている。

政治と王家の影と、終わらない“責任”の中で。


姉は、眠っている。

薬に沈められた眠りの底で、きっと夢さえ見られない。


アイリスは――動いている。

静かに、丁寧に、“家のため”という言葉で、

みんなの意志を囲っていく。


アックスは、迷いながら、それでも「正しさ」の方へ歩いていく。


そして私は――ただ立っている。


この家の娘として。

アックスの婚約者として。

家族の一員として。


どれも間違いじゃないけれど、そのどれもが“私自身”じゃない気がして。


胸の奥に、小さな灯りを抱えている気がした。


たいしたものじゃない。

他の誰かが見たら、簡単に吹き消してしまいそうな、頼りない灯火。


でも――それしかない。


「……寒いな」


思わず、声が漏れた。


本当に寒いのか、それとも心の話なのか、自分でも分からない。


この家は、まだ壊れていない。


父は倒れていない。母は歌わないけどそこにいる。姉もまだ息をして笑ってくれる。

婚約も破棄されていない。


“悲劇”なんて、まだ起きていない。


でも――


だからこそ怖い。


壊れてしまえば、「仕方ない」で諦められる。

でも、壊れる前は、


「まだ大丈夫」

「そのうち良くなる」

「信じていればいい」


そんな言葉で、自分をごまかしてしまう。


そうやって、

ゆっくり、

静かに、


取り返しがつかなくなる。


私は窓辺にもたれ、

掌を見つめた。


この手で、何ができるんだろう。


魔法はない。

奇跡も、奇跡みたいな才能もない。


あるのは――

どうしようもなく現実的な“違和感”だけ。


でも、それでも。


見て見ぬふりだけはしたくない。


逃げるように目を閉じる。


瞼の裏で、一瞬だけ、あの“赤い光景”がよみがえった。

婚約破棄。

ざわめく人々。

切り捨てられる自分。


――嫌だ。


小さく、心の奥で呟く。


この灯りだけは、消したくない。


そう思った瞬間、

ほんの少しだけ呼吸が軽くなった気がした。


きっと私は、

もう「何も知らないまま」ではいられない。


いつからだろう。


この家が、私の安らぎではなくなったのは。


その問いだけを胸に抱えながら、私は静かな夜を見つめ続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ