大好きな夫がいるイケメン女子が転生したのは一国の姫でした。私は前世の夫と結婚したい!
ベビーベッドの上で目を覚ました私は、うまく動かない体と小さな手を見て、瞬時に理解した。
『あ、これ転生したな』と。
しかし転生したはいいものの、何をすれば良いのだろうか。赤ん坊の今の体では何をすることもできない。さてどうしようかと頭を悩ませていると、ふと思い出した。転生前……、いや前世と言った方がわかりやすいか。その前世で中学生の時にハマっていたライトノベルでは、前世をだんだんと忘れてしまうような展開もあった。
と言うことは、一度前世を整理してメモなどを書けるような年齢になったら、メモっておくことをしたほうが良い気がする。
そう決まれば早速前世を思い出してみよう。
私の転生前の名前は瑠璃で、夫である遥斗を溺愛する普通のボーイッシュ女子だった。
私服はメンズ服で、髪型も性別を問わないのを意識していた。なので、よく男性に間違われていた。満更でもないのだが。
そういえば、遥斗が「うちの奥さんイケメンすぎる」とよく褒めてくれていたので、私は俗に言う『イケメン』の枠に入れていたのかもしれない。まぁ、身内の贔屓目な気がするが。
……遥斗はどうなったんだろうか。私の方が先に死んでしまったがその後の人生は楽しんだのだろうか。
悲しくなるので考えないようにしていた遥斗のことを思い出すと、一気に不安が湧いてきた。
普段の言動から見て遥斗は結構私のこと好きだったので私が死んだ後のことが心配だ。
というか、遥斗は転生してないのだろうか。していないのなら、私は多分一生結婚しない。だって、遥斗以外考えられないから。
しかしまさか自分が本当に転生するとは。転生もののラノベでよくある死因多分ナンバーワンのトラックに轢かれたわけじゃないのに。まぁ、ここは現実だ。本の話をこちらに持ってきてはいけないだろう。
だが驚いてばかりじゃいられない。まずは状況確認をしようと、辺りを見渡すが、可愛らしい豪華な部屋の壁と、目の前に吊るされているベビーモービルしか見えない。しかも、家具も私が寝ているベビーベッドしかないので、情報がない。
途方に暮れていると、ガチャっと扉が開いた音がした。そちらの方に目線を向けると、長いスカートがふんわり膨らんだメイド服を着た中年だと思われる茶髪の女性が入ってきていた。
「お目覚めですか?シエルリーア姫様。」
その人は私にそう一声かけると世話をし始めた。
なるほど、今世の私の名前はシエルリーアというらしい。しかもこの人は私を姫様と呼んだので、もしかしたら私は一国の姫なのかもしれない。
正直、姫なんてめんどくさいものはやりたくないのだが……。
でも、どこぞの貧乏な家に生まれるよりマシなのかもしれない。主に金銭的に。
なんて、お世話をされる羞恥に耐えながら思っていた。
あのメイドさんが去ってから、父親や母親が来るのかなと考えていたのだが、一向に来ない。しかも、次の日もその次の日も来なかった。
――――――
あれから十年ほど経って、私も成長した。現在十一歳だ。
赤ん坊の時はメイドさんに可愛らしいものを着せられていたが、自分で服を選べるようになってからは、前世から好きだった紳士服を着ている。
そのせいか同い年の女の子たちの初恋を掻っ攫ったようで、同年代の男の子たちから目の敵にされている。
今世のこの顔、とてつもない美少女だもんな……。なんというか、儚い系というか……。
父も母も兄も妹も美形で、一族全員美しい。
ちなみにうちの家族構成は、父、母、兄のリュカエレン、妹のシャロルーンだ。
うちの両親は、基本的に妹だけを可愛がっている。私が転生したとわかった時にはもう妹はいたようで、私のように世話をメイドに任せず、本人たちで子育てしたそうだ。リュカエレンも同じだったそうで、可愛がられた記憶がないと言っていた。難儀な家庭に生まれたもんだ。おそらく私がいなければリュカエレンはグレていただろう。ほぼ私が育てたようなものだ。
しかし、衣食住や教育は存分過ぎるほど与えられていたので、ネグレクトではなかったように思える。
自由に動けるぐらいの歳になってから、とにかく色々調べまくってきた。両親は私に無関心なので、好きなだけ調べられた。
例えばこの国のこと。
この国はフェサレン王国と言う君主制の国家だ。フェサレン王国の周りには海や山、平坦な土地など、様々な地形が存在する。他の国からは『恵の国』と呼ばれるほど豊富な資源があり、人々も活気付いている。土地の面積的に大国とは言えないが、国が持っている資産は大国にも引けを取らない。
そんな恵まれた国がフェサレン王国だ。
ちなみに、言語は世界共通でがっつり日本語だった。
王族の十一歳となると、そろそろ婚約者を据えないかと言われるころだ。でも私は遥斗以外結婚したくない。
それを王である父に前世のことは隠しながら告げたところ、私の意図を汲んだのか、シャロルーンの「素敵なお婿さんと早く結婚したい」という要望を汲んだのか、どっちかわからないが、私は基本結婚せず、シャロルーンが先に結婚することになった。しかもいざとなったら王位継承権を返上して、王座につくのは兄夫婦か妹夫婦ということにしていいという言質をとった。
まぁ、王族内でそんな取り決めをしたとて、周りの貴族からの「うちの息子か娘どうですか」コールは止まらないのだけれど。
――――――
「シエルリーア、リュカエレン。シャロンが婚約する。」
朝一番に父に呼び出された私とリュカエレンは、シャロルーンの婚約を告げられた。
「どなたと婚約しようとしているのですか?」
「リンハワード家の次男だ。」
リュカエレンが問うと、ウキウキとした表情と共に答えが返ってくる。
そのリンハワード家というのは確か伯爵家で、王族の結婚相手としての家格的には問題ない。
「しかしな、その相手であるレイハルト殿は、ノーコメントなんだが、リンハワード家からは、長男が婚約していないのに次男にさせるのは忍びないと長男の方を進めてきている。しかしシャロンは公式の場でレイハルト殿をとっ捕まえて婚約すると言ってしまったのだ。」
「なるほど。公式の場で言ってしまえば王家の面子に関わるので撤回はほぼ不可能。シャロルーンはそこを突いてきたのですね。」
私が補足をしたことが不満なのか、父は苛立ちをあらわにして、そうだと言わんばかりに大きく頷いた。
「シャロンのことを褒めなくてはな。ここまで考えられるようになったのだから。」
先ほどの苛立ちとは打って変わって、シャロルーンのことになると心底嬉しそうに父は言う。
いや、褒めなくていいと思う。本当に。褒めてきたからこうなってるんだよ。
「褒めなくてよろしいかと。」
兄上よく言った!
そう思った束の間、とんでもない爆弾を落とされた。
「それより、婚約を発表する時期なのだが、あと半年後、シャロンの十七歳の誕生日パーティをするだろう?そこで発表しようと思う。」
意味がわからない。思わず反論してしまう。
「そこは王家が責任を負うか、シャロルーンに全てを負わせるなどして、相手に迷惑がかからないように婚約すると言ったことを撤回すべきなのではないですか?」
正直、うちの王家の評判は普通。良くも悪くもないと言った感じだ。なので、ここで撤回すると王家の信頼に関わるのだが、保身のために人に迷惑がかかると言うのもまた違うと思う。
「シャロンに責任を負わせるなど、ひどい姉だな。それに、こう言うのは父らしく、シャロンの婚約を進めてやらないとな。」
私を嘲笑するように父は言う。
本人たちや家同士が良いのならそれでいいのだが、今回は相手の家が反対している。ならば、王家としては嘘をついたことを真摯に謝罪し、撤回すべきではないのか。
リュカエレンと共にそれを何度言っても父の嘲笑うような態度と意思は変わらない。
「もう、わかりました。好きにしてください。」
リュカエレンが説得をやめる。
しかし、釘を刺すように「それで痛い目を見るのはあなたの溺愛するシャロンですよ」と言って、部屋から去っていった。
「私も兄と同意見です。それでは。」
私もピシャリと言うと、形だけの最敬礼をして部屋を去った。
――――――
婚約発表当日。
衣装はオーダーメイドの紳士服だ。色も濃い紫を基調にしており、私の瞳の色と合っている。女性にしては凹凸の少なく、背が高い今世の体によく似合っていると思う。
会場は、私たち王族が住む居城とはまた別の、フェサレン城と呼ばれているパーティや要人を迎えるために作られた一層豪華な城だ。私はリュカエレンと共に作ったとある資料を部下に持たせて、居城からフェサレン城に移動するための馬車に乗り込んだ。
会場に着くと、王族全員が集まっていた。父や母は、シャロルーンの歳にしては派手すぎるようなドレスを褒め称えており、私やリュカエレンのことは眼中にない。
今日は決戦の日。リュカエレンと目配せして頷き合った。
ラッパの音がする。
「国王陛下の、おなーりー!」
こう言う感じで一人ずつ呼ばれて入場する。
国王の後に王妃、第一子、第二子と続いていく。
「シエルリーア王女殿下の、おなーりー!」
「キャー!!」
私も呼ばれたので入場する。
黄色い悲鳴をあげる令嬢たち。私やリュカエレンが入場すると黄色い悲鳴が必ず上がるのだ。
それに少し手を挙げて答えてやると、より一層令嬢たちの声が大きくなった。
王族全員が入場し、それぞれ用意された専用の席に着いた。この席があるのは、王座の間という王族しか上がれない、床から一段上がった日本で言う『上段の前』のような場所だ。
父は、そこの真ん中にある一番豪華な椅子に偉そうに座る。
そして、開会の言葉を言う。
「皆の者。今宵は我が娘、シャロルーンの誕生日パーティを存分に楽しんでくれ。」
そう言ったあと、父はレイハルト殿を王座の間の前へ呼んだ。
レイハルト殿はそこに膝をつき、こうべを垂れる。
「そして、発表だ。国王の名において、シャロルーンと、リンハワード伯爵家次男レイハルトの婚約を、成立とする!」
「ちょっと待って!お父様!」
シャロルーンが声を荒げる。
国王の言葉を粛々と聞いていた貴族たちは、何だ何だと寄ってくる。
「わたくしは、レイハルトとの婚約を破棄して、その兄のルイードと婚約します!」
「は、はぁ?!」
父が、声を荒げて王座から立ち上がる。王族の間の下で膝をつき頭を下げているレイハルト殿はゆるゆると頭をあげる。シャロルーンはそんな父のこともレイハルト殿のことも眼中にないのか、リンハワード伯爵家長男のルイード殿とイチャイチャしている。というかルイード殿、王座の間にしれっと上がっているな。流石にこれは王族として許せない。周りの使用人や騎士たちも青筋を浮かべているが、王女であるシャロルーンが許しているのでルイード殿を咎めることはできない。
私としては、シャロルーンはだいぶ想定通りの動きをしてくれているので面白い。ふと、リュカエレンの方を見ると、ポーカーフェイスだが、笑いを堪えているのか肩が震えていた。
リュカエレンは使い物にならなそうだ。
仕方ない。いってやるかー。
私はなるべく優雅にかっこよく王子っぽく見えるように国王の椅子には劣るが、王族専用の豪華な椅子から立ち上がった。
「レイハルト殿。立ち上がっていいよ。そして、ルイード殿。王座の間を降りろ。そこは王族しか許されぬ。」
「いいじゃないお姉様!彼は王族になるのよ!」
シャロルーンはヒステリックに叫ぶ。
レイハルト殿はシャロルーンが叫んだのに怯えたのか、立ち上がれていない。
シャロルーンが言ったこと同調するようにルイード殿はふんぞり返って頷く。
若干腹が立ちながらも毅然した態度を意識して言い返す。
「王座の間はとても重要な場所だ。そんなところに部外者を入らせるわけにはいかない。」
「ぶ、部外者って……!」
「そして、お前とルイード殿との婚約は認めない。」
リュカエレンは笑いから復活したのか、自分も王子然として立ち上がり、決め台詞のように認めないと言う。
いいところを取りやがってと思いつつ、説明していく。
「まず、シャロルーンはレイハルト殿と婚約すると言ったね?」
「まぁ……。言ったけど……。」
とても言いづらそうに肯定するシャロルーン。
「王家の信頼を損なわないために、公式の場で言ったことを取り消すのはほとんど不可能なのは学んだよね?」
「……はい。」
「ならば、シャロルーンは言った通り、レイハルト殿と婚約しなければならない。」
優しく諭すように言っているが、ここから我が妹は地獄を見ることになる。
アワアワとしている国王夫妻を横目に、その地獄を見せるために、リュカエレンが口を開く。
「シャロン。お前には罪がある。」
「はぁ?そんなのないわよ!」
「あるよ。シャロルーンは確かに罪を犯している。」
部下から資料を受け取り、私は淡々と罪状を言っていく。
「まず、貴族令息への騙すような金銭の要求、使用人への暴力、それも結構な怪我をさせている。それから貴族令嬢たちへのいじめ、メイドが描いた絵を盗み自分の描いたものとして売り出す、天然記念物に指定されている動物を可愛いからと言う理由で部下を使って捕まえる。そこから売り払う。」
どんどん出てくる罪状にシャロルーンは青ざめていく。他にも沢山あるのだが、一番の罪を言うために一度切り上げる。
「あと、国庫からお金を盗んでるね。ちなみに陛下と王妃殿下、貴方たちもやっていますよね?」
「そ、そんなの出鱈目だ!!」
「そんなこと、あ、あるはずないじゃない!!」
「証拠があるんだ。逃げないでくださいね。お二人とも。」
リュカエレンがとどめを刺すように言う。王座の間の周りで野次馬をしている貴族たちは、ザワザワとしており、不安そうだ。
「う、うそよ!そんなことしてない!そうでしょ?!お父様!お母様!」
「…………。」
「…………。」
国王と王妃は黙り込む。
よほど焦っているのか、二人とも目の焦点が合っていない。
リュカエレンは重々しくそして冷酷に騎士に命令する。
「ルイード殿含めた四人を、捕まえろ。」
国王夫妻は大人しく捕まっていったが、シャロルーンやルイード殿は最後まで抵抗して、叫んでいた。
「リュカエレン、この場任せてもいい?」
「あぁ、それはいいが……。何か気になるのか?」
「いや、私用だから大丈夫。」
「わかった。任されたよ。」
私はリュカエレンと小声でやりとりする。
さっきから気になっていたことがあったが、この作戦を成功させるためにあえて何もしなかった。しかし、もう作戦は終わったので、行動してもいいだろう。
「皆の者。騒がしくしてしまったな。主役はいなくなってしまったが、仕切り直そう。今宵は楽しんでいってくれ!」
リュカエレンが場をやり直してくれた間に、私はシャロルーンに巻き込まれた被害者である、レイハルト殿の元へ行った。レイハルト殿は、家族であるリンハワード家の人たちと一緒にいたので、話しかけた。
「やあ、リンハワード家の皆さん?」
私はチラリとレイハルト殿の方を見る。すると、レイハルト殿は、深い灰緑の長めの前髪から見える、そのオレンジ色の瞳を大きく開いて驚いていた。
「ご機嫌麗しゅう。シエルリーア殿下。」
憎々しげなことを隠そうともしないリンハワード家当主。息子を捕えられたことを恨んでいるのだろう。それか、王族との婚姻が無くなったことが憎いのか。
「そんなに怖い顔をするな。君の息子は悪いようにはしない。」
「左様でございますか。」
渋々といった様子で怒りを収めるリンハワード家当主。
「それより、レイハルト殿と話したいのだが、良いか?」
私は早速本題に入ることにした。
気になっていることとは、レイハルト殿のことだ。雰囲気はだいぶ変わっているが、なんというかオーラみたいなものが前世の夫にそっくりなのだ。それに、前世の夫じゃなかったとしても、心ここに在らずといった様子や、叫び声や怒鳴り声にビクビクしているのも気になる。
私はレイハルト殿になるべく柔和に話しかけた。
「レイハルト殿、つかぬことを聞くが日本って知ってるかい?」
案の定というべきか、レイハルト殿は驚いたような表情で、なんでといった。
「その様子だと知っているようだね。」
「は、はい。」
肯定した!
リンハワード家当主に許可を取り「少し場所を移そうか」とレイハルト殿を連れ出した。
パーティの会場から少し歩き、フェサレン城の特に嗜好を凝らした一室に通す。
「座っていいよ。」
ガッチガチに緊張しているレイハルト殿にソファを進める。
メイドにリラックス効果のあるハーブティーを淹れさせ、人払いさせる。
ハーブティーに恐る恐る口をつけるレイハルト殿を、私はニコニコと見つめていた。
「さて、本題に入ろうか。日本のことを知っているといったね?」
「……まぁ、はい。」
「では、日本とはなんだと思う?」
もう確信はあるが、一応聞いてみる。
「国、です……。」
「じゃあ、瑠璃って知ってる?遥斗の妻だった、瑠璃。」
「……っ!知ってます………。」
レイハルト殿は嬉しそうに目に涙を浮かべている。私の心の中は歓喜に震えていて叫び出したいぐらいだが、好きな人にかっこいいところを見せたいがために、長年の王族生活で身につけた王子然とした微笑を浮かべたままでいた。
「君は、遥斗なんだよね?」
「……っはい。」
「そっか。私のことはわかる?」
「瑠璃……、だよね?」
「そうだよ。」
レイハルト殿改め遥斗は、よかったと呟いている。
私はそんな遥斗に「そういえば」と一番気になっていたことを切り出した。
「私が死んだあと、どうなった?」
そう聞いた途端、遥斗の顔が曇った。
「瑠璃が死んだ時は、慌ただしかったよ。お葬式とか、死亡届とか、とにかく忙しかった。全部が終わった後は、辛かったなぁ。うん、ほんとに、辛かった。辛すぎて、死のうとしたけど、義母さんに止められて、結局入院させられて、あとは……、どうなったっけ。覚えてないや。」
遥斗は淡々と告げる。
だいぶ酷いことになっていたので絶句してしまった。というか母さん自殺止めたのか。すごいな。それと、確かに遥斗の私に向ける感情が重かったのはわかっていたが、ここまでだったとは……。
「まぁ、いいや。いまここに遥斗がいるし。」
正直だいぶキャパオーバーだったので、スルーすることにした。そして、これから遥斗のメンタルをどうにかしようと心に決めた。
「遥斗。」
私は遥斗のそばに膝をついた。
スッと彼の手袋で覆われた手を取って、口付ける。と、同時に遥斗は顔を真っ赤にした。
「今世でも、私と結婚してくれる?」
そう言うと、遥斗は赤い顔をさらに赤面させて言った。
「はい……!」
――――――
この間、遥斗に私の渾身のプロポーズを承諾してもらって有頂天なのだが、この国の問題はまだ残っている。
両親と妹とルイード殿の処遇と、後継者の決定、そして国民の怒りを鎮めなければいけない。
今日はそれを話し合うためにリュカエレンと会議室にいる。
「リュカエレン、父や母の処遇はどうしようか。」
私はリュカエレンに問う。
まぁ、大体考えていることは同じだと思うが。
「そうだな。父母を島流しなどの重い罰にして、一連の罪をその二人に着せる。そして、シャロルーンもそこそこの罰にし、ついでに俺たちが冷遇されていたのを脚色して公開。その後、俺たちが両親や妹を裁いたことを公開したらどうだ?」
「私もそれを考えていた。でも、シャロルーンのせいで職を失った人もいると聞いている。その人たちの鬱憤を晴らすなら、シャロルーンもそれ相応の重い罰を科した方がいいんじゃないかな。」
そうなのだ。部下の調べによると、シャロルーンの手によって不当に解雇された使用人や、シャロルーンのわがままのせいで悪い噂を流され、泣く泣く商売を辞めさせられた人が沢山いるという。
「じゃあそうしようか。ルイード殿はどうする?」
「まぁ、ルイード殿はシャロルーンと関係を持って王座の間に上がっただけだから、そんなに罪は重くないんじゃないかな。」
「そうだよな。だが、罰が軽すぎると王座の間が軽く見られかねない。」
王座の間は長年とても重要な場所とされてきた。なので、王族ではないルイード殿が上がったことは異例中の異例。前例がほぼないのだ。
「謹慎か、奉仕活動か、修道院に入れるか。」
私が罰の例を挙げていくとリュカエレンが「そうだな……。」と返す。
すると、いい案が思いついたとリュカエレンが手を叩いた。
「確かリンハワード家って、財政難だったよな。」
「そうだね。」
「それなら、長年の奉仕活動を科せばもっと苦しくなる。そうする事で、王座の間に上がった事や、王族に取り入ったことの罪が重くなる。しかも、その人にあった罰が科せられると噂になるから、より罪が重くなる。どうだ?」
「リュカエレン、その構想だと私とレイハルトの結婚はどうなる?」
リュカエレンは言葉に詰まる。
リュカエレンの言っていることは確かに最善策だ。だが、それでは婚姻が難しく……、いや、そうではないかもしれない。
「……いや、結婚がさらにスムーズになるかもしれない。」
「え?」
「リュカエレンの案だと、リンハワード家は金に困るから王家から出された多額の結納金に食いつくはず。そうすると、長男が婚姻してない云々は関係なくなるはずだ。なんせ、今代のリンハワード家は贅沢が好きらしいしね。しかも、本人から聞いた話、レイハルトは家族にうちよりも酷い冷遇を受けていたらしい。その際に、よく『役立たず』と言っていたそうだ。つまり、レイハルトが王家に婿に入れば、リンハワード家からすると『役立たず』が役に立ったと考えるんじゃないか?そうなると、リンハワード家は婚姻を了承する。」
「憶測でしかないが」と最後に付け足す。
何も反応がないのでリュカエレンの方を見やると、目をキラキラさせていた。
「シエル!お前は天才だな!シエルが居てくれたから父たちにも屈しなかったと言っていい!」
「ありがたいことを言ってくれるね。私もリュカエレンが居てくれてよかったよ。」
「ありがとな。」
ひたすら兄弟で褒めあった後、私は「さて」と話を変えた。
「次期国王はどうする?」
「順当に言ったら俺だが……。俺はシエルがなった方がいいと思う。」
「なぜ?」
「俺は、シエルよりも劣っていると思う。学問も、知識も、武術だって。」
卑屈になるわけでもなく淡々と言うリュカエレン。
「リュカエレン。君は勘違いをしている。」
「は?」
呆けたような表情のリュカエレンに、私はその勘違いを説明していく。
「私には愛国心が足りない。正直、この国自体には何一つ執着がない。この国でなければいけない理由がない。そんな奴が国王になって、国が発展するわけがない。……というのは建前で、私は自由で居たいんだよ。何にも縛られたくない。まぁでも、リュカエレンが国王になるのなら、サポートはする。好きなだけ私を頼ればいい。そんなに尊敬してくれているならね。」
私がそう言うと、リュカエレンは決意を決めたように頷き、言った
「……わかった。俺が国王になる。シエルに愛国心がないのなら、この国を任せるわけにはいかないからな。」
頼もしく言って見せるリュカエレンに私は感動して少し泣きそうだった。なにせ、リュカエレンは私が育てたと言っても過言ではないからね。
私はそのリュカエレンの覚悟を受けとるように言う。
「それでこそ未来の国王だ。」
――――――
あの後、両親とシャロルーンは島流しにした。
贅沢三昧な生活をしてきた三人にはきついだろう。しかも、もう一生王都には入れないので、どうにかして島を抜け出してもあの贅沢な生活には戻れない。
ルイード殿には八年の奉仕活動を命じた。
これで、リンハワード家は彼を勘当するか、金に困るかするだろう。でも、ルイード殿の商売上手だったようで、家を建て直そうとしていたらしい。リンハワード家当主はそれにあやかって、ルイード殿が稼いだ金で贅沢していたそうなので勘当はしないだろう。よく調べると、リンハワード家当主にとって、ルイード殿は良い金稼ぎ道具だったらしいからね。
新国王となったリュカエレンの評判は上々で、危惧していたような国民の不満はほとんど起きなかった。まぁ、それも色々と事実を脚色して国民に伝えたからだとは思うが。それも政というものだろう。
全てが終わった後に、新国王のリュカエレンから国王公認の私とレイハルトの縁談書が正式にリンハワード家に届いた。すると私の予想通り、リンハワード家からすぐに了承の手紙が送られてきたことで、晴れて私とレイハルトの婚約が成立した。
来年には結婚する予定だ。
私たちは今まで会えなかった分を埋めるように、日々自由に平和に過ごしている。
『シエルリーア殿下、レイハルト様、おめでとうございます!』
たくさんの見物人に祝福されて、純白の美しい馬車は進む。
白を基調としてオレンジを差し色に入れたタキシードを着た私は王子然として片手を少し上げ応える。
白を基調として紫を差し色に入れたタキシードを着た遥斗は慣れない様子で気恥ずかしそうに応えていた。
幸せの象徴とされる純白の馬車は、フェサレン王国で唯一の大聖堂へ向かう。その道中には、私たち二人を祝おうと国民たちがズラリと並んでいた。
「幸せだね。」
「そうだね。僕はなんか恥ずかしいよ。」
「確かに。遥斗、こっち向いて。」
「ん?……っ!」
私は、油断してこちらを向いた遥斗にキスをした。
『キャーーー!!!』
黄色い悲鳴というか喜びの悲鳴が上がる。
私たちは唇を離し、笑い合った。
「ここじゃゆっくりキスもできないね。」
「……うん。」
すっかり茹ってしまった遥斗に、私は愛しいという感情を沢山込めて言った。
「愛してるよ。ずっと前から。」
「ぼ、僕もだよ。」
私たちの結婚式は『世界一幸せな結婚式』として後世に語り継がれていった。