婚約破棄からの追放を受けたので、一家全員で国外脱出します。縦に。
けったいな夢を見たので、小説にしてみました。
どうなってんだ私の夢。
「ステラ・アストライア! 貴様との婚約を破棄する!」
はじまりは、ごくありふれた断罪劇だった。
浮気相手との恋にうつつを抜かした王太子は、婚約者の公爵令嬢に濡れ衣を着せ、王宮で開かれたパーティーの真ん中で高らかに叫んだのだ。
「貴様には反逆罪の罰として、国外追放を言い渡す! 逆らえば家族も同罪だぞ!」
「かしこまりました」
ステラ・アストライア公爵令嬢、きらめく藍色のドレスを身にまとった少女は、美しい一礼を披露すると、たいした反抗もせずにパーティー会場を去って行った。
☆
「……ということなのです。もはや仕方ないものかと」
ステラは公爵邸に戻ると、その足で両親が揃っているティールームに向かった。
パーティーで何があったのか、二人に説明する。
「……それは、仕方ないな」
公爵はため息をついた。
「仕方ありませんわね……」
公爵夫人は形のよい眉をひそめる。
「では」
「うむ」
娘の求めに応じて、公爵はそばに控えていた執事にうなずいてみせる。
執事も一礼した。
「かしこまりました」
そして大きく息を吸い込み、拡声魔法を使用する。年を重ねても美声と称される声が重々しく全館に響き渡った。
「──緊急事態発生! 当館はただいまより、総員脱出シークエンスへ移行します。全乗員は所定の位置にて、身体保定魔法を行使!」
「身体保定魔法、行使!」
「行使!」
そう復唱したステラ、両親の体がソファに固定される。
手はず通りであれば、全館で同様のことが行われているはずだ。
──それだけではない。
ゴゴゴゴと、屋敷全体で何かが動いているような大きな音がし始める。
門の詰め所では門番が叫んだ。
「耐熱、耐衝撃結界、展開!」
塀に沿って、光のドームが立ち上がる。
厨房では料理長がオーブンの隣の大きな装置を確認し、見習いが呼応する。
「空気生成機、起動!」
「空気生成機、起動確認!」
ランドリーメイドも持ち場でマニュアルをこなす。
「水処理システム、正常稼働を確認!」
ボイラー室では男性使用人が、大きな音を立てて稼働し始めた魔導機の音に負けないよう声を張り上げた。
「動力炉点火!! ブースター着火まで、あと80秒!!」
庭師も自らの役割を果たすため、大理石でできたガゼボのテーブルに手をかざす。
「重力制御魔法、展開!」
厩番は持ち場から屋敷を見上げ、報告する。
「お屋敷、飛行形態への変形を完了!」
その言葉の通り、一般的な二階建ての形をしていた屋敷は、まるで教会の尖塔のように姿を変えていた。ゴゴゴゴという音はこれだったのだろう。
書斎ではメイド長がビューロを開いてコンソールを見ていた。
「……発射までのカウントダウンを開始します」
「十!」
乾かした洗濯物が万一にも飛び出さないように固定したランドリーメイドたちが席につく。
「九!」
料理長と見習いは空気生成機の様子をモニタリングしていた。
「八!」
厩番は馬たちが興奮しないように見ていたが、みんな落ち着いたものだった。
「七!」
重力制御魔法のおかげで、花瓶の一つ、カーテンの一枚すらびくともしない。
「六!」
光のドームは夜空を透かしてそびえ立っている。
「五!」
着火したブースターはいよいよ快調である。
「四!」
門番は最後まで屋敷の外を見張っている。
「三!」
メイド長のカウントダウンは順調だ。
「二!」
執事の服には今日もしわ一つない。
「一!」
ステラは微笑んで、両親にうなずいてみせた。
「──ゼロ!」
尖塔型になった屋敷は、周囲の地面を揺らしながら、垂直に上空へと飛びあがっていった──
☆
「何事だ!?」
とてつもない地響きがパーティー会場を襲い、王太子は泡を食って側近たちに尋ねた。
「確認して参ります!」
側近の一人が会場を抜け出す。招待客たちもざわざわと落ち着かない様子だ。
ほどなく、「殿下」と声がかかった。側近が戻ってきたのかと振り向いた彼の目に映ったのは、しかし、険しい顔をした宰相だった。
「は? なぜお前がここに?」
「陛下がお呼びです。こちらへ」
宰相が連れてきた近衛騎士たちによって、パーティーも解散させられた。
貴族たちはむしろほっとした様子で、三々五々に帰って行く。
「──は!? どういうことですか!?」
王の執務室で、王太子のすっとんきょうな声が上がった。そしてすぐに王に叱りつけられる。
「どういうこととはこちらの台詞だ! そなた、何を起こしたのか自覚していないようだな」
「何を……?」
「世界最高の魔術師一族にくだらない私欲で濡れ衣をかけたばかりか、敵に回したのだぞ」
「世界最高……? 魔術師……?」
知らない言葉を急にたくさん投げつけられ、王太子は混乱する。
王はがっくりと肩を落とした。
「はあ、そこからか……。ステラ嬢との婚約にあたって、言い聞かせたはずなのだがな……」
「お話し中失礼します、陛下。魔導師団から報告が上がってまいりました。──国境の結界の消滅を確認、と」
差し込まれた宰相の言葉に、王太子は驚愕した。
「なっ」
王はため息をつく。
「……国境の結界が重要なものである、という知識はあるのだな……。そろそろ、王都の水道も止まっているのではないか?」
「早急に調べさせます」
王太子はたまらず叫んだ。
「結界に水道、大ごとではないですか。なぜそのようなことが!」
その言いぐさに、王は激高して机を叩き、立ち上がる。
「それもこれも貴様がステラ嬢やアストライア家の顔に泥を塗ったからではないか!」
「やつらが恨みに思ってこんなことを!? なんと卑怯な!」
「卑怯は貴様だ! いいか、アストライア家は当主から末端の使用人まで、その比類なき魔術の力によって、我が国を支えてくれておったのだ! 結界も水道も、天変地異への対策も、魔導機の技術提供も、作物の改良も、すべて彼らの助力あってのことだ!!」
「……は……?」
王太子は口や目をぽかんと開けた間抜け顔をさらすが、すぐにいいことを思いついたかのような口調で言い放った。
「では、ステラを呼び戻しましょう。愛人にでも据えてやれば満足するに違いありません」
「こやつは……!」
王はもはや、憤怒の形相である。宰相も打つ手なしと絶望顔だ。
「呼び戻そうにも、もう彼らはこの国から離れているでしょうな」
その通り、アストライア公爵家の屋敷があった場所には、今や大きな穴がぽっかりと開いているばかりだった。
大きな地響きに驚いて出てきた周辺の住民たちが、みな恐ろしい怪物でも見たような顔でそれを眺めていた……。
☆
ステラはティールームで優雅に紅茶を嗜んでいた。
大きな窓には、元婚約者の王太子よりいくぶんかの高貴さと、かなりの知性を宿した青年の顔が映っている。地上からの魔導通信だ。
「ステラ嬢。わたしは以前から、貴女の美貌、そして才能、その両方に惚れ込んでおりました。ぜひ、我が帝国にご招待を。そしてわたしと婚約を結びましょう」
近隣でも強大な力を持つ帝国の皇子である。
ステラはティーカップ片手に目を細める。
「あらあら。お熱い口説き文句ですわね」
「本気ですよ」
「まあそう。……でもごめんなさいね、わたくしの一存でお返事はいたしかねますわ」
「それは、そうでしょう。ですからぜひ、ご家族と一緒に我が国へ……」
ステラは皇子の言葉をさえぎるように、ふふっと笑った。
「ですから、なおさら慎重にならなければ。……なにしろ、お話は貴国以外にもさまざまなところからいただいているんですもの」
「それはそれは」
ステラの後ろで公爵が肩をすくめる様子が、魔導通信ごしの皇子にも見えた。
通信を切ると、そこには真っ黒な空が広がり、おびただしい星が輝いている。
視線を下げれば、大きな青い星が見える。公爵家の屋敷は今、地球を周回する軌道上にあった。
「それで、どこの国に着陸するか、候補はお決めになりました?」
ステラは楽しげに両親に尋ねる。この屋敷にはもちろん、大気圏再突入の能力も備わっている。
両親は苦笑した。
「いや、一長一短だね」
「ステラが候補を絞ってくれてもいいのよ?」
「あら、まあ」
ステラはカップに口をつける。最高級の茶葉は、宇宙空間でも美味しい。
「物資は潤沢にあるのでしょう。でしたら、わたくし急ぎませんわ。もうしばらく、星の海を眺めてのティータイムを楽しみましょう?」
世界最高の魔術師一族が地表に帰還するまでには、まだしばらくかかりそうだ。