『第二話・3:融合獣《ナリソナレザルモノ》──禁忌コードの目覚め』
そのときだった。
森が、うねった。
焦げた草の奥から──“まだ息絶えていない何か”が、這い出してくる。
牙。泥。羽。黒い炎。
さっき倒したはずのワイルドウルフたちが、異様に “融合” していた。
一匹、二匹じゃない。
複数体が、再生バグのようにぐちゃぐちゃに混ざり合い──
秩序を踏みにじるような姿で、異形の“再構成個体”が立ち上がる。
(……は?)
(再生じゃない、融合……? この世界、敵までバグってんのかよ)
(“再構成個体”? 聞いたこともねぇ……)
──体毛と牙と羽が、まるで“命の残滓”みたいに折り重なって、ぐずぐずと呻いている。
皮膚の下で別の眼球が蠢き、牙と羽が逆さに裏返りながら“再構築”を繰り返す。
その呻き声は獣でも人でもなく、古びた機械が無理やり動かされているような、濁ったノイズを含んでいた。
眼球の一つは数字の羅列になっては潰れ、獣の咆哮の裏には幼子の笑い声がノイズのように混ざった。
“何か別の存在”の断片まで巻き込んで、秩序を無理やり上書きしている。
焦げ臭さに混じり、鉄錆みたいなにおいが鼻を刺す。
喉がざらついて、息まで白く濁る。
鳥も虫も沈黙し、森全体が“録音停止”されたみたいに音を失った。
葉の裏に宿っていた朝露さえ、黒い粒子となって弾け、空気に溶けて消えていく。
空気はぬるく重くなり、肌を薄い膜がじわじわ覆っていく感覚。
(……混ざってる。肉体だけじゃねえ……意志まで、全部)
それは、生き物ではなかった。
どこかで間違えた“創造のやりなおし”。
──きっと、神か人か、何かの姿を真似しようとして、途中でやめたような。
そんな、バグと悪夢の合いの子だった。
視界の右下に、またしても青いフレームがふっと浮かび上がる。
《ENEMY STATUS》
【NAME:???(再構成個体)】
【Lv:???(変動中)】
【種別:不明(複合融合体)】
【属性:獣/闇/混沌】
【耐性:火-△ 氷-× 雷-× 負-吸収】
【状態異常:スタン-無効/毒-低減/バインド-低確率】
【主な行動:融合突進/黒炎咆哮/反転生成】
【弱点:ロック不可(部位構成が固定されていません)】
【ドロップ:データ破損中(未読)】
【エラーコード:#R-999.α】
(……見えた……でも、読めねぇ)
(“名前”の欄がバグってる。レベルも“変動中”? ……そんなの、アリかよ)
(こいつ……明らかに、“設計されてない敵”だ)
【NAME:???(再構成個体)】※通称
その名が表示された瞬間──画面のフレームさえ、一瞬だけ揺らいだ。
“名づけられない存在”の、仮初めの呼称。
プレイヤーであるはずの自分すら、ログインしていたことを後悔するような……そんな“気配”だった。
──ピチ、ピチッ。
耳の奥で、砂嵐が混ざったような電子ノイズが弾ける。
次の瞬間、視界全体に黒いウィンドウが走った。
《WARNING:この敵は未登録オブジェクトです》
《補足:表示続行は推奨されません》
《ERROR:観測者への逆侵食を検出》
黒い文面が視界から剥がれ、そのまま皮膚に焼き鏝のように押し付けられる。
痛みはないのに、知らない記憶が勝手に脳へ流れ込み、
“自分ではない誰かの人生”を追体験させられる。
(……逆侵食? なんだよそれ……!)
背筋を冷たい汗がつっと落ち、剣を握る手の甲までぞわりと粟立つ。
だが、その恐怖と同時に、奥底からぞくりとした昂ぶりも湧き上がっていた。
未知の、設計外の敵──。
プレイヤーとして、戦わずにいられるはずがない。
(……チッ、雰囲気悪ぃ……でもやるしかねぇ)
リリアの身体──つまり颯太は、ゆっくりと剣を構えた。
柄を握る手が震えていた。恐怖でか? いや、違う。
震えは、高揚のせいだ。
(……これぞ、マジの隠しボス戦ってやつかよ!)
笑うな、と心が叫んでいるのに、口角が勝手に吊り上がる。
恐怖と興奮がせめぎ合い、どちらも否定できない。
──矛盾そのものが、プレイヤーである証だった。
森を裂く咆哮と同時に、影が“反転”した。
木々の輪郭は黒く滲み、空気そのものが血のように鉄臭く染まる。
剣を構えるリリアの両腕は確かに震えていた。
だがそれは、高揚でも緊張でもなく── 存在そのものを削られる恐怖に、体が勝手に反応していた。
闇の中で、牙とも腕ともつかぬものがゆっくりと口角を吊り上げた。
それは笑い声か、それとも咀嚼音か。
……悪夢は、まだ口を開けたばかりだった。