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『第一話・4:鼓動が告げる覚醒』

(通った……! いや、これ魔剣が放つ斬撃か!?)

刃が空気を裂いた瞬間、血の奥底が“鉄の旋律”を奏でるように震えた。

一撃の感触が、俺の記憶の奥底で何百回も繰り返された戦いと重なっていく。


「……やった、当たった……っ!」


一瞬の後退。

リリアはすかさず、左手にもう一つの魔法陣を展開した。


「紅の火精よ、風を裂いて矢となれ──!」

「えっと、えっと……! ファイアレット・スプレッド!!」


魔法陣が一瞬だけまぶしく脈動し、焦げた空気が頬を撫でた。

火矢が三発、一直線に獣へと放たれる。


ズンッ、バシュ、ジュッ!


そのうち二発が命中。

残る一矢が岩肌をかすめ、熱の残滓が霧のように漂う。

煙が立ちこめ、視線がぶれる。


……だが、ワイルドウルフ達は止まらなかった。

煙の奥から覗いた瞳は燃えるような赤。怒りと殺意が形を持って迫ってくる。

「──きゃっ!」


リリアはとっさに剣を盾にしたが──牙の衝撃が全身を叩きつけた。

腹の奥に響く衝撃、骨が軋み、肺の奥で空気が潰れる。

金属と牙の鈍い衝突音が、耳の奥で爆ぜた。

剣越しに伝わる獣の体重と殺気が、巨岩のように全身を押し潰す。

靴底が泥に沈み、地面が割れ、足元から鈍い振動が這い上がる。


それでも剣を放さず、リリアは叫んだ。

「……こ、こんなの──まだっ……!」


筋肉が悲鳴を上げ、腕の中の剣が自分の意志よりも重く感じられる。

それでも、心臓が火打ち石のように鳴り、火花のような意志が灯った。


「今度こそ、倒す──!」


その瞬間、彼女の全身が光のようにしなり、反撃の一撃を振りかぶる。


──だが、足がもつれた。


踏み込みの瞬間、視界が反転する。

大地の感触がふっと抜け、重力が遅れて身体を追い越した。

光が砕け、影がほどけていく。

すべての輪郭が柔らかく崩れ、音が遠くの水底へ沈んだ。

瞳の光が揺らぎ、剣先から火花が散り落ちた。

白い指が震え、握力を失っていくのが分かる。


鼓動が荒れ、血が世界のリズムを失う。

息を吸うたび、熱と痛みが胸の奥でぶつかり合い、視界が歪む。

荒い呼吸が喉を焼き、焦燥が顔を歪めた。


頬に落ちた一滴の汗が、涙みたいに地面に吸い込まれる。

その滴が消える音が、やけに鮮明に響いた。

まるで「終わり」の合図のように。


(あ……マズい……本当にマズイぞ……!)

(くそっ、動けよ俺……! リリア立ってんのに──なんでぬいぐるみが指一本動かせねぇんだ!)

(……いや待て、フラグ立った? “ここで倒れる”とか、そんな安い展開やめてくれよ……!)


リリアの唇がかすかに震えた。

「守らなきゃ……みんな……ワン太も……絶対に……」


声は霞に触れた羽のように震え、空気の中で消えかけていた。

「……あっ……や、だ……気持ち……遠のく……」


(リリア……! 倒れるな……立て、まだ終わってねぇ!)


──その瞬間、獣の咆哮が空気を裂いた。

爆音が衝撃波となって襲いかかり、リリアの身体を宙へ弾き飛ばす。


──ドサッ。


乾いた音が響いたあと、世界から音が消えた。


衝撃が骨を伝い、鈍い痛みが胸郭の奥で鈴のように鳴る。

白い息がこぼれ、それが冬の欠片みたいに空気へ溶けていく。

胸の奥で何かが途切れる音がした。

指先が空を掴もうとして、何も掴めずに止まる。

震える手が、見えない糸を探すように宙を彷徨った。

その動きが、世界の静寂を割る最後の鼓動になった。


風も声も止まり、ただ「倒れた」という事実だけが空気を支配していた。

沈黙の中で、戦場そのものが“死”という形に変わっていく。


世界の色が一つずつ落ちていく。緑は灰に、赤は鈍色に。

リリアの瞳から光がすっと引いた。

その瞳に映る世界さえ、ゆっくりと色を失っていく。

残ったのは、戦いの熱でも、剣の重みでもなく──たったひと欠片の風だけだった。


“ぬいぐるみ”であることを呪った。

声も届かず、手も伸ばせず──ただ見ていることしかできない無力。

こんな形で“勇者”を名乗っていいはずがなかった。


心の中で、意志が軋む音がした。

それは機械でも魂でもない、“存在の根”が割れる音だった。

その瞬間、世界が息を止めた。


光が滲み、視界が白に染まっていく。

静寂が白の中で膨張し、世界そのものを包み込んでいく。

白は色ではなかった。すべての音と痛みを吸い込み、ゼロへ還る原点だった。


光が境界を溶かし、影を呑み込み、世界を塗り替えていく。

痛みも、音も、色さえも──すべてがひとつに溶け合い、静寂の中へ消えていった。


(……なんだ、これ)


意識がふっと遠のく。

けれど──それは“気絶”ではなかった。


遠くで、鐘の音が鳴った。

誰のものでもない、世界そのものの警鐘のような音。

頭の奥が熱を帯び、胸の内で何かが軋みながら開く。


光の波紋が空を裂き、空間の端に細い亀裂が走る。

そこから零れ出した光が、世界の皮膚を焼くように滲み出した。

光は血潮のように流れ、時間の縫い目を逆流する。


痛みと混ざり合い、崩れていく世界の奥で、ひとつだけ鮮明な意志が燃え上がる。


(まさか……これで、終わりなわけ、ないだろ……)

(立て、リリア……! まだ倒れるな、ここで止まるな!)


(お前は……笑って生きるはずの人間だろ!

 世界の端っこでも、誰かを救うために立つ人間だろ……!)


(頼む……神様でも、運営でも、なんでもいい。

 俺の命でもなんでもくれてやるから──彼女を、生かしてくれ……!)


その祈りは声を失い、それでも沈黙の奥で震えながら光に焦げついた。


音ではなく、存在そのものが命を叫んでいた。

言葉ではなく、世界の根を貫くほどの“命令”になった。


その瞬間、法則が揺らぎ、運命のコードが軋む。


光の奥で、何かが脈を打つ。

脈動は鼓動になり、鼓動は炎になった。

ぬいぐるみの胸の奥で、ひとつの灯がともる。


その瞬間、“外側”から風が吹いた。

そして、“リリアを救う”という意思が、運命を上書きした。


世界が裏返る。

上下も左右も、色も音も、すべてが一度に反転した。

真っ白な光の中、誰かの手が差し伸べられ──その手が、確かな温もりを返してきた。


それはぬいぐるみの綿ではなく、“生きている肌”の感触。

指先から心臓へ、確かな“命”の震えが伝わる。

その瞬間、リリアの唇がかすかに微笑み、胸の奥で新しい鼓動が始まった。

その脈打つ音が、新しい世界の始まりを告げていた

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