『第一話・3:実況席から応援するしかない俺と、剣が光った件』
──その瞬間だった。
視界の端に、青い枠で囲まれた文字がにじむように浮かび上がった。
【NAME:ワイルドウルフ】
【Lv:4】
【属性:獣/地】
【耐性:火△/氷◎/雷×】
【攻撃:二連爪(クリ率20%)/突進(スタン効果アリ)】
【弱点:左肩の下あたり】
【ドロップ:牙/獣皮/……運がよけりゃ《鋭爪の指輪》】
(……! これ……ステータスウィンドウ! しかも俺、普通に読めてる!?)
数字も特性も、意識する前に脳みそへ直通で滑り込んでくる。
頭じゃなく体が覚えてる、“ログイン勢”の反射だ。
(なるほど……突進にはスタン効果。食らったらリリア、一発で動けなくなる……!)
リリアは腰を落とし、剣の柄を握った。
木漏れ日の中で髪が柔らかく揺れ、張り詰めた緊張が走る。
だが呼吸は浅く、足元はぶれ気味。完全に新米の構えだ。
それでも──膝を震わせながら、前へ出る覚悟だけは崩れない。
「ワン太、ちょっと見ててね──!」
(いや、見てるしかできねぇけどな! 完全に実況席の観客だぞ俺は!!)
次の瞬間。
リリアが地を蹴った。落ち葉が弾け、湿った土の匂いが鼻を刺す。
掌に魔法陣が浮かび、光が森を照らす。
(詠唱ずれてる! 踏み込み甘い! しかも“当たれ”って顔してる! お祈りゲーはログボだけで十分だ!!)
低い唸りとともに、ワイルドウルフが突進。
獣の牙が閃き、空気を裂く。
(そのモーションは知ってる! 右から来るやつだ、カウンター合わせろ!!)
「えっ、わ、うそ──!」
ギャッ!
リリアの腕に浅い傷が走り、赤がじわりと滲む。森の匂いに鉄が混ざった。
俺の胸の奥が熱く脈打つ。
(くそ……! なんでこんなときに俺ぬいぐるみなんだよ……! “ぬいぐるみ反撃スキル”とか追加しとけよ運営!!)
リリアは苦しげに息を吐き、それでも背の剣に手を伸ばす。
「……剣、使うよ!」
抜き放たれたのは、“古びた鉄剣”。
だがその刃先には、かすかな青白い光が灯っていた。
(……今、光った……? まるで剣が自分の意志で“目覚めた”みたいに)
その光と同時に、俺の胸の奥がどくん、と跳ねる。
縫い目の奥で、心臓を縫い付けられたみたいな鼓動が鳴った。
剣と俺の間に、細いが確かな“意識の糸”が結ばれていく。
ワイルドウルフが再び跳びかかる。
リリアは一歩踏み込み、剣を低く構える。
(下段構え──悪くない! ……でも俺が褒めても補正ゼロなんだよな!?)
獣の爪が振り下ろされる、その瞬間──
キィンッ!!
鋭い火花が散り、金属と爪が擦れ合う甲高い音が森を駆け抜けた。
衝撃で地面が震え、樹上の鳥たちが一斉に飛び立つ。
リリアの剣が、ギリギリで斜めに受け止めていた。
「くっ……おもっ……でもっ──!」
声は苦しげでも、瞳は折れていない。
反動を殺し、剣を引き抜いて脇に回る。よろめきながらも反撃の一閃──
ザシュッ!!
獣の肩口を浅く裂く。そこから黒い煙がぶわっと立ち上った。
血肉じゃなく、なんか焦げた呪いの煙みたいな匂いが広がる。
リリアは驚いたように目を見開く。
「……今、勝手に……剣が……!」
その視線の先で、俺の胸の鼓動と刃の輝きが重なっていた。
(……うわ、やっぱリンクしてるじゃん。これ、ぬいぐるみと武器がシンクロってどうなんだよ……!)
(もしこのまま“ぬいぐるみ伝説”とか残されたら……後世の教科書で笑いもの確定だろ!?)