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『第九話・1:呪いのドレス、市場で大暴走!?

──目が覚めると、リリアは教会の客間にいた。


背中に感じるのは、ふかふかの羽毛布団。

窓から差し込む光が、ステンドグラスをやわらかく染めている。

昨日までの戦場の匂いが嘘のように消え、花の蜜に似た清らかな空気が胸いっぱいに広がっていた。


「……ん、あれ……?」


ゆっくりと身体を起こすと、胸元にはいつの間にかブランケットがかけられていた。

それは、セラフィーがよく使っている刺繍入りのものだった。


(……あれ? わたし……馬車の中で……?)


とっさに胸元を見下ろす。

──呪いのドレスは、もうそこにはなかった。


代わりに、いつもの淡いブラウスと、膝丈のスカートが身にまとわれていた。

鏡に映る自分は、もう“踊り子”ではない、ただの女の子──リリアだった。


胸の奥がじんわりと温まり、思わず小さく息を吐く。

(……よかった……ほんとに、戻ってこれたんだ。いや、なんか気が抜けて変なため息出たけど)


そっとドアを開けると、廊下の先から香ばしい匂いが流れてきた。


「リリア? 起きたのね」


台所では、セラフィーがパンにバターを塗りながら、こちらを振り向いた。


「おかえりなさい。昨晩、呪いのドレス……無事に祓えたわよ」


リリアは、胸の前で手をぎゅっと握った。


「……ありがとう、セラフィーさん……」


「あんなの着せられてたら、ご飯なんて食べられないもの。ほら、座って。もうすぐ焼き上がるわ」


食卓の上には、あたたかいスープとこんがり焼けたパンが並んでいた。

バターが溶け、湯気がほわっと立ちのぼっている。

ひと口かじると、小麦の甘さとミルクの香りが舌に広がった。


「──いただきます」


ほんのそれだけの朝食が、涙が出そうになるほど幸せに思えた。


そのとき──


「……セラフィーさーん! 市に変なもの売ってますよ! “呪いの踊り子ドレス・清め済・本物”って!!」


扉を開けて飛び込んできた修道女が、慌てた顔で叫んだ。


「えっ……えぇえええええっっ!!?」


リリアの手が止まる。

口元のスープがぷるぷると震えたあと──次の瞬間、がたんと椅子を立ち上がる。


「ちょっ、ちょっと待って!? それって、あのドレスのこと!? わたしが着せられてた、あの……っ!!」


「はいっ! しかも祭壇の隣のショーケースに、ガラスケース入り展示中って……」


「展示されてるのっ!? あんなの、履歴書付き下着じゃん!!」


「タグもついてて、“昨日一日使用済・匂い強め♡”って……」


「ぎゃあああああああああああああああああああっっ!!!?」


リリアの絶叫が客間を揺らす。

顔を真っ赤にして髪をかきむしり、床をばたばた転げ回る。


その瞬間──ぬいぐるみワン太の中で、眠っていた颯太の意識が、無理やり引きずり起こされた。


(……っ!? な、なんだ……騒がしい……って……ええええええ!?)

(おい! “昨日一日使用済・匂い強め♡”って! 俺もその中にいたよな!? つまり俺ごと展示!?)

(しかもタグにハートマークってなに!? 悪趣味すぎるだろ!!)


「ううぅ……もう一生、教会の前なんか歩けない……! 名前変えて国外逃亡するしか……っ!!」


「ていうか、値段いくらなの……?」


「えっと、五万ゴールド……“祈祷料込み”って書いてありました。

あと、“奉納のおまけで特典タペストリー+直筆サイン証明書付き”だそうです」


「誰が買うかあああっ!! ……いや、買いそうな人いるのが、余計に怖いんですけどおおお!!」


(五万!? しかもタペストリー!? 直筆サイン!? 俺の黒歴史がグッズ化とか地獄か!?)


「ふふ……人気、出そうでしょ? 教会の維持費って、けっこうかかるのよ♡」


その笑顔には、女神の慈愛と──抜け目のない守銭奴スマイルが、たしかに共存していた。


セラフィーは、パンをくるくると回しながら微笑んだ。


(……ああ、やっぱり俺、戦場じゃなくて市場で心折れる未来が見える……!!)

(……もういい、敵は魔族じゃなくて経済力。俺の負けだわ……)


窓の外では、教会の鐘がゆっくりと鳴っていた。

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