表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『勇者リリアとレベル999のモフモフぬいぐるみ』 Eden Force Stories I(第一部)  作者: 一条陽菜子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/158

『第八話・1:静寂の果てに、迎え来る光』

……すべてが、静まっていた。


音も、風も、魔素の気配すら、今はなかった。

ただ、焼け焦げた石の匂いと、空気の底に沈む灰の粒子だけが、

静けさの中で、ゆっくりと呼吸していた。

世界そのものが、「息の仕方を忘れた」みたいに止まっている。

風が、遠い場所でまだ迷っているようだった。


空は、嘘みたいに澄み切っていた。

けれどその青ささえ、薄い硝子越しに覗いているようで、どこか遠い。


リリアは、無言のまま、ただそこに立っていた。


──その時。

耳元のイヤーチャームが、かすかに光を宿した。


空気の層が一瞬だけ震え、

水面をなぞるような波紋が、意識の奥で静かにほどけていく。


『……リ……リア……リリア……聞こえる……?』


「……!」


音ではない。

それは、心の鼓膜をやさしく撫でるような声だった。

灰の静寂を縫うようにして、思念の糸がそっと届く。

その糸は、指先ほどの温もりを帯びていた。


久しく忘れていた“他者の気配”が、胸の奥に流れ込んできた。

焦げた空気がふっと揺れ、沈黙の底で、やわらかな灯がともる。


リリアは無意識に耳へ触れた。

指先に感じるのは、金属の冷たさではなく──懐かしいぬくもり。


「……ごめん。ちょっと……派手にやりすぎちゃったみたい」


かすれた声。

けれど、その端にかすかな笑みが混じっていた。

セラフィーは、その一音を聞き逃さなかった。


『……ほんとに、無事でよかった……! ねえ、そっちはまだ危険? まさか、あの存在がこの領域まで侵入するなんて……! 念のため、魔素濃度を測定──』


声は早口。

でも、その奥に隠しきれない安堵の震えがある。


「ん……もう大丈夫。全部、終わったよ」


灰を吸い込むような声。

それでも、その響きにはやわらかな微笑があった。


『……ほんとに……無事だったのね……。

ずっと見ていたけど……あの闇は、言葉の届かない場所から“来た”わ。

干渉すれば、祈りごと焼かれてた……』


思念の波が、そっと揺れた。

空気の奥に、雨が降りそうな気配が滲む。


リリアは一拍置いて、息を小さく吐いた。


「……ったく。心配性なんだから」


甘い声音に、少しだけ照れを隠すニュアンスが滲む。

それは、完璧に“リリア”の声だった。


けれど──胸の奥のどこかで、かすかな“きしみ”が鳴った。

それは、リリアとしての言葉を口にするたびに、

颯太という名の残響が、微かに軋む音だった。


灰の静寂が、ふと戻ってくる。

自分の声が、少しだけ他人のものに聞こえた。


(……もし、セラフィーが“中身のオレ”を知ったら……)

(この声も、この仕草も、ぜんぶ“借り物”だってわかったら……)

(……あいつ、どんな顔するんだろうな)


答えは出ない。

けれど、その問いは、灰のように胸に降り積もっていく。


「……わたしが、帰れない子に見える?」


『……見えるわよ。だって、無茶するんだもの』


「ふふ……かもね。でも……大丈夫」


リリアは、そっと息を整える。

喉の奥に残る魔素の煤が、言葉を少しだけかすれさせた。

それでも、空気は優しかった。


セラフィーは、いつも“リリア”って呼ぶ。

オレの中身がどうであれ……その響きが、あったかすぎて。

気づけば、オレは“昔のリリア”として息をしていた。

あの頃、ただのゲームの中で動かしていた“彼女”が、

今はこの身体を借りて、静かに目を覚ましている。


――どちらが“本物”なのかなんて、もうどうでもよかった。

ただ、その呼び方だけは……壊したくなかった。


唇が、ひとときだけ震えた。

戦場に残る余煙よりも重い、静かな甘さが、胸の奥に静かに沈んでいった。


『……いま、各塔の魔核が再び動き出してる。

あと少しで、転移門を開ける──すぐ行くから、動かないで』


「……うん。……待ってる」


まっすぐな“リリア”の声。

けれど、その奥では──ほんのわずかに、“颯太”が息を呑んでいた。

その一呼吸が、二つの心を一瞬だけ、重ね合わせた。


……どれくらい経っただろう。

焦げた匂いだけが、まだ空気の底に残っていた。


やがて、遠くで風が生まれた。

灰の粒子がふわりと舞い、静けさを撫でるように流れていく。

空気の層がひとつ、音もなくめくれ、

まるで世界そのものが、彼女の再生を祝福するように──光が、そっと差した。


そして、その中心から。


白銀の髪を揺らし、杖を片手に──セラフィーが現れた。

その瞳は濡れたように光り、胸を押さえながらも、まっすぐこちらを見ている。


声は届いていた。

けれど、実際にその姿を見た瞬間、胸の奥が痛いほど鳴った。


(……ああ、本当に、来てくれたんだ)


焼け跡に立つその姿は、残火の中の救いであり、

そして、“次の物語”を灯す光だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ