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『勇者リリアとレベル999のモフモフぬいぐるみ』 Eden Force Stories I(第一部)  作者: 一条陽菜子


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『第七話・6:第七深界の輪葬』


──ゴオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!


輪が降下した瞬間、空間が裏返る悲鳴を上げた。

リリアの背後に、十の炎柱が噴き上がる。

一本一本は虚空を貫く巨塔のようにそびえ立ち、鎖の紋様を纏いながら、揺らぐたびに雷鳴を孕んだ火花の雨を降らせる。

その影は、腕にも蛇にも、巨竜の背骨にも見え──まるで神の意思そのものが降誕したかのように、世界を呑み込んでいった。


洞窟の壁は溶け、天井は砕け、地表は泡立つ。

紅蓮の腕が空間を裂くたび、大地は悲鳴を上げた。

夜空が赤黒く波打ち、稲妻の網が虚空を走る。

そして──時が止まった。


「やめろォォォォォォォ!!

我はまだ……証明していないッ!!

我は──この世界に最強の騎士として“刻まれる者”なんだァァァァァァァァ!!!!」


ゼル=ザカートの絶叫は、誇りと恐怖と渇望が溶け合った、魂そのものの咆哮だった。

その声は大地を震わせ、天を裂き、森を砕く。

だが、炎柱に触れた瞬間──音という概念そのものが焼かれた。


空気が破裂し、時間が軋む。

沈黙が、まるで災厄のように世界へ広がっていく。

燃え落ちる古文書の頁が剥がれるように、

“ゼル=ザカート”という名が、一文字ずつ世界から削ぎ落とされていった。


「わ、れは……っ……わ……」


声が泡のように弾け、意味が崩壊した。

ゼルの最後の音節が灰に溶けた瞬間、

槍が“記憶”として絶叫し、空間そのものが軋む。

巨体は影の底へと沈み込み、掴もうとした空が、定義ごと崩れ落ちた。


炎が、“存在”という文法そのものを喰らう。

ゼルの形も、名も、意味も、すべての座標が焼却され、

そこに“かつて在った”という概念すら、世界の記述から抹消された。


血も肉も声も──ただ一度、“燃える情報音”を立てて散る。

赤黒い炎輪が静かに回転し、

まるで舞台の幕が、最後の役者を抱きしめるように光を閉じていった。


……そして、訪れるのは完全なる静寂。


燃え尽きたという事実すら、灰に沈んだ。

そのあとに残ったのは──

ただ、沈黙と、世界の底でひとつ脈打つ微かな余熱だけ。


やがて十の炎柱がゆるやかに鎮まり、空間の歪みが閉じ、光が反転していく。

崩壊した大地の奥では、真紅のマグマが脈動を止め、夜空を覆っていた稲妻の網も、ひとつ、またひとつと消えていった。


──それは“焼き尽くす”ではない。

“存在したという記録そのものを、言葉の外へ追放する葬火。”


灰が舞い、熱が引き、轟音が遠ざかる。

世界を呑み尽くしたそのあとに、静寂だけが、世界の呼吸を思い出すように──ゆっくりと戻ってきた。


そんな紅蓮の世界の只中で、ただ一つ──残ったものがあった。


リリアが最後に張った、透明な六角結界。

崩壊の奔流を遮るように浮かび、ゆらめく光の膜が、ひとつの遺物を包み込んでいた。


歪み、ひび割れ、欠けた《封印の石板》。

結界の中で守られながらも、衝撃の余波に晒され、表面には細い亀裂が走っている。

それでも中央の紋章だけは、かすかに赤い光を宿し続けていた。


その光は、心臓の鼓動のように脈動し、灰の海の中で、たった一つ──生きている証のように、静かに瞬いていた。


まるで、「まだ語られるべき続きがある」と告げるように。


──その微かな脈動が、沈黙の世界に“時間”を戻した。

焼けた空気の中、ひとすじの風が通り抜ける。

灰の海を照らす光が揺らぎ、影がひとつ、形を結ぶ。


そして、その傍らに立つリリアは、石板を見下ろし、呼吸を忘れていた。


喉は焼け焦げ、声は出ない。

血が逆流し、骨がきしみ、皮膚の下で神経が灼ける。

脳裏では“抹消の余波”が木霊し、一瞬、自分の名すら見失った。


膝が震え、視界が白く霞み、魂ごと削られる虚脱感が押し寄せる。

“神域の力”を扱った代償を、ようやく“人”の身体が思い出していた。


それでも──リリアの瞳だけは、揺らがなかった。

深淵の残光を宿し、ただ石板を見据える。

誇らず、語らず。

ただ、胸の奥にひとつだけ残る。

それは、燃え尽きた世界の中で、なお微かに脈打つ“命の気配”だった。


ゼルの絶叫も、抗いも、誇りすらも──

すべてが焔に消えたこの地に、留まっていたのは石板の脈動だけ。

その傍らで、リリアの指先は──まだ消えきらぬ温もりを、確かに感じていた。


灰と光だけが、世界をかろうじて形づくっていた。

リリアは、その上でそっと目を閉じる。

頬を撫でた風が、まるで“記録の残響”そのもののように、静かに微笑んだ。


──沈黙の果て、ようやく声が戻る。

「……やりすぎた、かもね」


誰もいない世界で、彼女はようやく、ひとりの“人間”に戻った。

──けれど、その足元では、灰がひとつ、わずかに揺れていた。

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