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『第七話・5:第七律式:劫火輪葬・フィアノス=カルマ』

挿絵(By みてみん)

「ふふ……じゃあ、とっておきの見せてあげる」

(さて、久しぶりに──最後はアレやっちゃうか)

リリアの髪が、かすかに風を孕んで揺れた。


だが、言葉と裏腹にリリアの視線はわずかに横へと流れた。

左の指先から、静かな光がすっと広がる。


──音もなく、六角形の透明な結界が現れた。

それは、祈りの言葉を刻んだ古い石板を包み込み、

その輪郭を淡い光でなぞりながら、静かに形を整えていく。


魔力の線が石面を走り、空間の縁がわずかに震える。

やがて紋様が浮かび上がり、光の花弁のように柔らかく広がっていった。

結界全体がほのかに脈動し、一枚の“祈りの膜”となって石板を守る。


──その奥底で、長い眠りについていた古の言葉が、

まるで目を覚ますように、かすかな息を返した。


「貴様、この局面で……よそ見だと!? 我を、愚弄するかッ!!」

ゼル=ザカートの声が、怒りと焦りを同時に震わせる。

だが、その瞳の奥で──炎が、ほんの僅かに怯えて揺れた。


「これは……ちゃんと、残しておきたいからね」

(こういう気配りが“勇者ムーブ”ってやつだろ? あとで粉々になってたらセラフィーに説教されそうだしな)


リリアの右手に、紅蓮の焔が灯る。

それは熱ではなく、“記録すら燃やす”という概念の炎。

紅の焔が、指先でわずかに跳ねた。


静寂が、空気の底を這う。

その瞬間、空間そのものが息を止めたかのように沈黙した。


軽く身をひるがえし、ゼルへと向き直る瞳には──もはや“敵”の影はなかった。

そこにあるのは──焼き払うべき“記録”だけ。


──《深界第七律式・予詠──劫火輪葬・フィアノス=カルマ》、起動詠唱──」


《※内部ログ出力:LILIA(ver.9.99β)》

《断界領域:指定完了》

《第七副層にて存在照合──成功》

《因果値、汚染限界突破》

《魔素圧、臨界超過》

《展開領域、強制開示》

《カルマ因子:制御不能》


大地が低く唸り、遠い空がじわりと赤黒く染まる。

洞窟の石壁には、血管のような赤い亀裂が走った。


「黒灰に染まりし嘆きの環よ。

七つの輪廻を巡りて、なお浄められぬ罪よ。

いま一たび──此岸より彼岸へと、渡らせ給え。


祓へ給へ、清め給へ。

陰陽を断ち、四界を焚かん。

天ノ火柱、地ノ紅蓮──」


足元に、炎でも光でもない──黒く光る“回転輪”が浮かび上がる。

輪の縁から古代語の断片が灰となって舞い、空間へ吸い込まれていく。


風が逆巻き、天蓋が燃えはじめる。

だが、音はない。熱だけが、魂を焼くように空間を満たす。


ゼル=ザカートの両脚が、びくりと震えた。

脳裏をよぎるのは、かつて敗北を喫した夜の記憶。

“まただ……あの時と同じ──いや、それ以上だ”

魂ごと凍りついたように、ただ立ち尽くす。


(……動け! 抗え! 踏み出せッ!)

心は叫ぶ。だが筋肉は応えない。

本能が察していた──“異なる次元の死”。


(なんだ……これは……! この魔法……世界ごと、断ち切ろうとしている……!?)


槍を握る手が痙攣し、喉が詰まる。

息ができない。

目の前の少女は、すでに“人”を超えていた。


──ただ、見上げるしかなかった。


「記録されざる界層、“第七深界”──

断絶された咆哮を以て、全てを貪り、書き換えよ。

万象の構造を蝕むべし。“侵蝕”を、今ここに開帳す」


虚空に描かれるのは、かつて存在しなかった“因果の文字列”。

それは神聖であり、同時に禍々しい。既存の魔法とはまるで異質。

天井が透け、空のような虚無が現れる。

ダンジョン全体が、ひとつの巨大な罅として軋んだ。


《※内部ログ出力:LILIA(ver.9.99β)》

《詠唱進行度:88%》

《座標リンク完了──深界第七層より“侵蝕波”感知》

《コード干渉:ERROR──実行許可を超過》


それでも、リリアは続ける。


「鳴け、焔の神使。

哭け、断罪の使徒。

業を背負いし者よ、ただ火とともに果てよ」


指先が宙に円を描く。

見えない輪が召喚され、空間が水のように揺れる。

リリアの影は複数の像となり、それぞれが揺らめき形を変えた。


「神よ、記せ。悪魔よ、祓え。

この呪詛の詩に名を刻む時、

我が力と記憶は──永劫の螺旋に帰順せん」


《詠唱進行度:99%──最終認証完了》

《起動形成構文:深界第七律式── 劫火輪葬・フィアノス=カルマ》

《構文展開:属性=深界負/原初コード=エラー》


「《冥絶ノ書》第七頁──開帳。

再構成を開始せよ──この森の“しずめの詩”を、灰に還せ」


リリアが手を掲げる。

上空に浮かぶ巨大な“輪”──それは魔法陣ではなかった。

天から見下ろす“意志”そのもの。観客席から照明が降るように、舞台を照らす。


「──深界第七律式── 劫火輪葬・フィアノス=カルマ!!」


金の瞳が燃え、刃先が閃光を描いた。


一拍の沈黙。

呼吸も、心臓も、世界も止まった。


「細胞レベルで──燃え尽きろッ!!」


──次の瞬間、天地が裏返った。

それは、世界が息を吸う音だった。

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