『第六話・3:否定の誇り、再起の槍』
ゼル=ザカートの足音が、聖域の静寂をじわりと切り裂いていく。
黒い礼装が揺れる。その背にある槍は、歩むたびにかすかに風を鳴らす。
一歩ごとに床の紋章が低く唸り、空間の温度がじわりと歪んでいった。
やがて、黒き影が光の祭壇の前で止まる。
その瞬間、空気の層がわずかに震えた。呼吸ひとつすら、音になる。
「……久しいな、勇者リリアよ。」
(ヤバい。これは絶対ヤバい。
この圧、完全に“プレイヤー視点”で言うところのイベント突入だ……!)
男は静かに槍を構え、わずかに唇を噛みしめる。
黄金の眼に宿るのは怒りではなく、燃え残った誇りの炎だった。
「そうだ。三年前の“あの夜”を忘れたとは言わせない……!」
「その魔法大剣、“レーヴァテイン・ゼロ”で──お前は、俺の心臓を──ッ!」
瞳が閃き、黒雷が槍先から滴る。
焦げた匂いが聖域を満たした。
「貴様に敗れ、全てを否定され、失ったあの夜……
あれから俺は、貴様を倒すためだけに生きてきた!」
「砕かれたのは肉体でも命でもない……“魔族の誇り”だ!
だからこそ俺は──誇りを取り戻すために鍛え続けてきたのだッ!」
「……貴様を、否定するために、俺は生き延びたのだ……!」
聖域の空気が止まった。
槍先が微かに鳴り、風が逃げ場を失う。
ゼルの呼吸だけが、空間の底を這うように響いた。
(やばい!これ、完全に因縁系ラスボスフラグ……!!
しかもリリア本人の記憶まったくないのに、相手のドラマだけ超完成されてるやつ!!)
その声は怒りに震えていたが、私怨の濁りはなかった。
純粋すぎるまでに純粋な、砕かれた誇りを取り戻す執念。
──砕かれた存在を、剣でしか証明できない意志。
(……くそ、ちょっとだけわかっちまうじゃねぇか。
これが男のロマンだよ! うん、うん……でも今はそれどころじゃねぇ!!)
聖域の床が淡く光り、空気が微かに唸りを上げた。
世界そのものが「決戦の合図」を鳴らしているようだった。
黒槍が掲げられる。
儀式のように緩やかで、だが逃れられない覚悟を帯びた動き。
「……ならば、この刃で“否定の否定”を成すまで。」
黄金の眼がリリアを射抜く。
その瞬間、空気が震えた──まるで“宣告”そのものが神託のように響く。
「これは復讐ではない……決戦だ、リリア・ノクターン──!」
轟く怒声。
だがリリアはぽかんと口を開けて──
「……え? ごめん、ちょっと、何の話してるの……? 長くて頭こんがらがった……」
(わかるかッ!!ゼル!! お前のシリアス百点満点演説、全部空振りだぞ!!
こっちは今、ぬいぐるみなんだよ!?
村娘モードのリリアに、そんな重厚な台詞ぶつけても響くわけねぇだろ!!)
聖域に、しん……とした沈黙が落ちた。
その静けさの中で、雷の匂いだけがまだ生きている。
ゼルの拳が震えた。唇がきつく結ばれ、歯の間から熱い息が漏れる。
胸の奥で何かが弾け、理性より先に体が動いた。
「ふざけるなァアアア!!」
雷鳴の一歩。
空気が裂け、床石が鳴った。
瞬きの間に黒槍が迫る。
「きゃっ──!」
──その瞬間、剣が勝手に抜けた。
レーヴァテイン・ゼロがしなやかに角度を変え、
迫る槍を軽やかに受け流す。
火花が散り、攻撃は床石を裂いて通り過ぎた。
鍔が鳴り、柄が震える。
まるで「次はここだ」とでも言うように。
刃が一瞬、心臓の鼓動と同じリズムで脈打った。
「えっ、なに、これ……!? 手が……!
剣が、私を守ってくれたみたいに……!」
(すげぇ……完全オート防御!? 初心者のリリアが!?
やるじゃねぇか、さすがレーヴァテイン・ゼロ!
しかも剣が“過去を覚えてる”系!? これ、確実に物語の根幹アイテムだろ!!)
そして、視界の端に、情報ウィンドウが浮かびあがった。
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《対象:ゼル=ザカート》
Lv:65(体感もっと上)
HP :???/???(桁バグってる?)
攻撃力:7,800+(雷バフ中?)
防御力:???(硬すぎ。物理効かないタイプ)
装備:黒槍“神穿き”、雷鎧
外殻障壁:Ⅰ層展開(雷補強っぽい)
弱点:突撃後のスキ(1秒ちょい?)
備考:記憶トリガーで奥義解放……とか書いてある。※このへんWiki待ち
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(おおおおおぉぉ……やべぇ!! フル装備の強キャラ設定じゃん!!)
(しかも奥義解放フラグまでついてるとか、RPGのボス攻略Wiki必読案件!!)
(いや数値おかしいだろ!? ラスボス枠でももうちょい優しめに調整しとけよ!!)
ゼル=ザカートの黄金の眼が光を放つ。
リリアの手は震えていた。
怖い、怖い──でも足が逃げない。
心臓が破裂しそうなのに、視線を逸らせなかった。
そして、聖域は静かに変わる。
──ここはもう、“決戦の舞台”。
運命に縫い付けられた二つの影が、今、再び交差しようとしていた。
白い閃光が空を裂き、影と影が一瞬だけ重なる──。
光が、世界の息を奪った。
次の瞬間、空気が破裂する。
耳を劈く轟音が天井を裂き、床を走る光が世界を白く塗り潰した。
石すら砕ける雷撃が、開始の鐘の音のように鳴り響く。
雷鳴が裂いた。
……っていうか、鼓膜も裂けた。
戦いはもう、始まっていた。




