『第四話・3:羞恥抜呪と尊い誤解』
リリアは、ほの暗い回廊を抜け、ひやりと冷たい空気の流れる“儀式の間”へと案内された。
外界の喧騒は完全に遮断され、ここだけが別世界のように静まり返っている。
鈍く光を反射する磨き上げられた石床の中央には、淡く青白い魔力をまとった石板が鎮座していた。
周囲には古代文字の刻まれた柱、天井から垂れる銀鎖──
そのすべては聖歌の余韻を孕んでいるかのようで、誰もいないのに天井からかすかな低音が降りてきた。
まるで神が見ている場に“供物”が横たえられるのを待っているようだった。
(……うわ、出たよ。完全にヤバいやつだこれ。
石板とか魔力の光とか、絶対“脱がされる系”儀式の前フリだろ……!)
「そこに横になって。……そう、胸はそのままでいいわ」
「……っ、は、はい……」
言われるままに、リリアは毛布も敷かれない石板の上に、ごろんと仰向けに寝かされる。
背中に伝わる冷たさと、露出しまくりの格好が相まって、羞恥と緊張が一気にせり上がった。
ビキニのヒモはほとんど“気持ち程度”しか機能しておらず、胸元は“はみ出し一歩手前”状態。
動くたびにギャザーがわずかにずれて、境界線が危険信号を灯している。
(ちょ、おま……おいリリア、それ動いたら絶対いろんな意味でアウトだって!!)
(てか“胸はそのままで”って何だよ! 逆に不安しかねぇ!!)
セラフィーは、ゆったりと杖を立てたまま、低く澄んだ声で告げた。
「この儀式は、光と羞恥の交錯により、魂の呪縛を解き放つ……古き契約の継承なの」
「……では、始めるわ。“ぬいぐるみを媒体とした間接感応式・羞恥解呪法”」
「ぬ、ぬいぐるみ……って……?」
「あなたの隣にいるその子。魂の共鳴体になっているのでしょう?
だったら、“もっとも魔力が集まりやすい場所”にぴったりくっつけて──」
セラフィーは杖を胸の前に立て、瞼を伏せる。
声が、空気を震わせるように低く響いた。
「──聖光の律、羞の環。
穢れを映し、清め、抱きしめよ。
アリア・フィロ・ルーメ、感応せよ──《羞浄転環》!」
杖先から放たれた光が、淡く渦を描いてリリアの身体をなぞる。
その軌跡が胸元で弾ける瞬間──
「え……どこにくっつけ──ひゃあああっ!?♡♡」
(やめろおおおお! 俺に羞恥を直送するなぁああ!!)
儀式は、予想通りの羞恥攻撃だった。
リリアの肩、腹、太もも……そして胸元へ、ワン太が“押し当てられて”いく。
セラフィーが角度を微妙に変えながら、まるで彫刻家のような丁寧さで位置を調整するたび──
わずかな指の動きに合わせて、リリアの肩がびくりと震える。
「……っ、あ……」
吐息がこぼれ、喉がかすかに鳴った。
空気が、ぴたりと止まった。
その沈黙さえ、儀式の一部のようだった。
聖堂の奥で響く低い音が、かすかにリリアの鼓動と重なり合う。
「ひゃっ……んぅ……や、そこ……あっ♡」
「ちょ、ちょっと……そこ動かさないで……っ!」
ワン太の耳が……谷間にずぶりと“めり込んだ”。
その瞬間、布越しに伝わる甘い体温と、リリアの鼓動が直撃してきて──“ぬいぐるみの皮を突き破ってでも逃げたい”レベルの羞恥が爆発する。
(このビジュアル、完全にセクハラどころか拷問だろぉぉ!?)
(てか俺、今どんなポジションにいるんだ!? これ、胸の真ん中だよな!?)
(これマジで解呪してんのか? それとも俺の尊厳が祓われてんのか!?)
「……反応が出てきたわね。呪いがうごめいてる」
澄んだ声に混じる艶は、祝詞というより誘惑の囁きに近かった。
杖を支える指先は優雅に震え、聖女の顔にふと浮かぶ微笑は、救済ではなく“試す女”のものだった。
セラフィーの指先から、ほのかな光がほとばしる。
光は細い筋となってリリアの鎖骨をなぞり、胸の曲線に沿って滑り、腹部をすり抜けていった。
肌の表面はぞわりと粟立ち、冷たい石板に触れる背中は熱と冷気の狭間で跳ねる。
そのとき──胸の奥で何かが“うねった”。
鮮やかな光が皮膚の下を走り、淡い紋のような影が一瞬だけ浮かぶ。
それは花弁にも似た形をとり、心臓の鼓動とともに脈打ちながら、黒と金の境界を揺らした。
「……ほら、出てきた。これが呪いの核……まだ眠っていないのね」
セラフィーの声が、光よりも柔らかく、冷たい。
リリアの胸の内側で、見えない何かがざわめき、音のない震えが広がっていく。
呼吸は浅く早く、唇の端から微かな吐息がもれ、羞恥と熱がないまぜに溶けた。
じんわりとした熱と、耳の奥をくすぐるような“ざわざわした音”が同時に押し寄せ、リリアは思わず背筋を弓なりにしてしまう。
光はまだ彼女の肌の上でゆらめき、胸の奥では脈のように淡い震えが続いていた。
セラフィーはその様子を見つめ、ゆっくりと唇を開く。
「……いいわ。反応が安定してきた。──最後の仕上げね。」
リリアの喉がひくりと動いた。
「し、仕上げって……なにするんですか……?」
「“直接感応式・密着波動”──簡単に言えば、布越しではなく、“女の子のぬくもり”をぬいぐるみに直接伝えるの。
それが一番、呪いに効くのよ♡」
(……は? ちょ、それ俺に来んの? 直で? マジで? おい待──)
セラフィーの唇がそっと動く。
「──リュミエール・ドゥ・クレマシオン……共鳴せよ」
光が弾け、甘い熱が一瞬でリリアの全身を包み込んだ。
「ひああああああああああ!?♡♡♡」
その声と同時に、ワン太の視界が真っ白に塗り潰される。
体温と羞恥と聖気が混ざり合い、脳の芯がショートしたような衝撃。
「ひああああああああああ!?♡♡♡」
──バタンッ。ワン太は、魂ごと気絶した。
掠れる意識の中で、ふと思う。
(……待て、これ未来の劇団に“勇者の尊い献身”とか題して上演されるのがオチだろ!?
舞台にでっかい油絵で描かれた俺が、胸に抱かれて昇天してる“守護像”として飾られる未来とかマジ勘弁!!)
(てか脚色されんのだけはマジ勘弁!! 俺ただ胸に埋もれて気絶しただけだからな!?)
礼拝堂に静寂が戻る。
セラフィーはしばらくその光景を見つめ、ゆっくりと息を吐いた。
「……これでひとまず、呪いは鎮まったわ」
その声は微笑よりも静かで、どこか満足げだった。
「……ふふ。“勇者”というのも、なかなか業が深いものね」
リリア「ちょ、笑ってますよね今!?」
光が収まり、リリアは胸の中でワン太をそっと抱きしめた。
「……ワン太、大丈夫? ねえ、起きて……?」
……ぴく。
ぬいぐるみの耳が、かすかに動いた。
(……うう、まぶしい……てか、生きてる……?)
(あの世行きコースかと思った……)
ゆっくりと意識が戻る。
リリアの胸元に押しつぶされるような体勢のまま、ワン太はぼんやりと天井を見上げた。
(……なんなんだこの空気。)
(……もう、何をどうツッコめばいいんだ、これ。)
リリアは胸のぬいぐるみを見下ろし、顔を真っ赤にしながら小声で言った。
「……もう、これ二度とやらないから……」
……礼拝堂の中に、場違いな羞恥と笑いだけが響いてた。




