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『第四話・1:呪いのビキニと、五千ゴールドの洗礼』

──その時、扉が、礼拝堂の静寂を裂くように、ゆっくりと開いた。

その音は、古びた木材が深い眠りから目覚めるような低い響きを持ち、聖堂の奥にまで反射して消えていく。


「騒がしいわね。何事?」


そこに現れたのは──銀糸のような長髪をたゆたわせ、静かに立つひとりの女性。

その声は、鈴を転がすように澄んでいながら、奥底に刃のような冷たさを秘めていた。


白銀のローブに包まれた肢体はすらりと均整がとれていて、

その歩みには“慈母の温もり”と“処刑者の冷徹さ”が危うい均衡で同居していた。


(──セラフィー……!!)

ワン太の中で、颯太は叫んだ。


《賢者セラフィー》。

回復と浄化のスペシャリストにして、“神の声を聴く者”。

その名は、王都から辺境の村にまで響き渡り、

人々の畏敬と畏怖を同時に集めた存在。


かつて──颯太が“勇者リリア”として暴れ回っていた頃、

彼女はそのパーティーの仲間だった。

誰よりも信仰に篤く、誰よりも仲間を癒やし、

そして──“リリアの正体”に最も近づいた女性。


(やべぇ……アイツ、今のリリアが俺じゃないって気づくぞ……!

 あの眼は、ぜってー誤魔化せねぇ……!)


「いったいなんの騒ぎ?……あら、やっぱりあなたなのね?」

「それにしても、昼間から“そんな格好”でお祈りに来るなんて。ふふ、ずいぶんエキセントリックね、リリア。」


「えっ……!? ど、どうして私の名前を……?

 ち、ちがいますっ! これ、呪いで……! 好きで着てるわけじゃなくてっ……!」


リリアの必死の弁明も虚しく──肩からツルッと水着の紐が滑り落ちる。

慌てて直す手は小刻みに震え、頬から首筋まで赤く染まった。


セラフィーは、その様子を静かに見つめていた。

瞳の奥に、一瞬だけ記憶の色がよぎる。


「……ふふ。やっぱり……リリア、なのね。」


その声には、懐かしさと戸惑いが混じっていた。

だが、目の前の少女は、明らかに自分のことを“知らない”顔をしている。

(……記憶がない? まさか──別の器に……?)


その声に、祈りよりも切なさが混じっていた。


ごく短い沈黙。

次の瞬間、セラフィーは何事もなかったかのように表情を整え、

微笑を浮かべて首をかしげた。


「ごめんなさい。つい……昔、あなたに少し似た子がいて。思わず名前を呼んでしまったの。」


その瞳が、かすかに揺れた。

記憶の底にある誰かを、ほんの一瞬だけ重ねたように。

けれど──仕草も、声の抑揚も、戦士としての立ち姿も……似てはいるが、どこかが決定的に異なる。


(……そう。この子は、わたしが知っている“リリア”とは違う。)


セラフィーの思考が、わずかに冷たい光を帯びる。

視線が刹那だけワン太へと突き刺さり、

微笑の奥で、“なにかを見抜いた者”だけが持つ色が、かすかに光った。


(やべーこれ絶対バレたぞ! めんどくせー。

 頼むから今は黙っててくれ、聖職者LvMAXの洞察スキルとか発動すんなよ!?)


リリアは、セラフィーの視線に射抜かれたまま、喉を鳴らした。

胸の奥で何かがざわめき、息を呑む。


「……私のこと、知ってるんですか? 私、自分のことがよくわからないんです。」


セラフィーは、少し驚いたように瞬きをした。

だが、すぐに微笑みを整え、まるで何事もなかったように首をかしげる。

ほんの一瞬だけ、そのまなざしに影が差したように見えた。


「……あら、ごめんなさい。

 “リリア”って呼んでしまったかしら? つい、そんな名前が口をついて出てしまって。

 あなたに雰囲気が似ていたのね。昔、少しだけ知っていた子に。」


声はあくまで柔らかく、表情にも曇りはなかった。


「……そうなんですね。」


リリアは、ぎこちなく笑ってみせた。

けれど胸の奥では、何か小さな棘のような違和感が残っていた。

“リリア”という響きが、自分の中のどこか深い場所を、そっと叩いた気がした。


……その沈黙を、セラフィーは、まるで空気の読み方を知っているかのように破った。


「……ふうん。呪いのビキニ、ね。ここでは珍しいことじゃないわ。」


「日常なんですかっ!?」


「ええ。つい最近も“呪いの透け透け紐パン”の子が来たばかりだったわ。

 全力で隠していたのに、むしろ見せているように透けていて……ふふ。気の毒なくらいだった。」


空気が、わずかに和らぐ。

だが次に告げられた言葉は──リリアの心臓を真っ逆さまに落とした。


「解呪料は……そうね。五千ゴールド。

 それが、この街の教会の相場よ。」


「ごっ……五千っ!?」

目の前が暗転する。


「そ、そんな……! 村の教会じゃ五ゴールドで済んだのに……!」


(アンパン五百個の絶望プライス……っ!?

おいおい、ゼロひとつ増えてんじゃねーか!?)


(……っていうかそれ、絶対“観光客価格”だろ!? 完全に吹っかけてる顔してるぞこの女!)


──と、心の中で盛大にツッコんだところで。

セラフィーが、まるで全部聞こえていたかのように静かに微笑んだ。


「……まあ、払えないでしょうね?」


セラフィーの瞳が、探るように細められる。

その目には慈愛も宿りながら、同時に“試す者”の光が潜んでいた。


「だったら──その代わり、お願いをひとつ聞いてもらえるかしら?」


「お、お願い……?」


「ええ。“来てしまった”ってことは……もう、そういうことよ。」


その声は甘やかに落ちるのに、同時に刃のように鋭かった。

ステンドグラスに映る影が、光を背負いながら黒く染まる。

救済と支配、そのどちらの微笑も、同じ唇に宿っていた。


(──なんか、やばい交渉に巻き込まれた気しかしねぇ。

あの女、やり手だからな……っていうかこれ、完全に次のクエストフラグじゃねーか。)

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