『第三話・1：呪いの衣装、はだけるたびに』
戦いが終わった。
リリアの中の颯太は、魔法をぶっ放した反動で足元がふらつき、
一歩踏み出した瞬間──腰ががくんと落ちた。
「あっ……あれ……？」
胸が──揺れた。
お腹が──完全に見えている。
……いや、これ……水着……！？
（は……？ なんでビキニ！？ 戦闘直後だぞ！？ 俺今、何やってんの！？）
しかもそれは、自分で選んだ覚えのない、露出限界突破のえげつない仕様。
上は三角ビキニ。下は……え、ひも？ しかもピンク？ しかもリボンつき？
（運営絶対ふざけてんだろこれ！！）
胸元は下乳が今にも溢れそうで、腰ひもは骨盤をいやらしくなぞり、尻肉をむにっと押し上げている。
腹部は完全むき出し。ひもは汗に濡れて肌へぴとりと張り付き、灰を含んだ風に揺れるたび、結び目がほどけそうな錯覚を呼んだ。
胸の谷間には煤が点々と散り、戦場の汚濁とピンクの無邪気さが、いやらしい対比を作り出す。
戦闘装備どころか、プールでも係員に止められそうな格好だ。
汗が引き、そこに戦場の冷たい風が触れ、腹筋が勝手にひくっと反応する。
その風は、火薬と血の匂いを運び、焼け焦げた大地の熱をなでつけながら、布の隙間を遠慮なくすり抜けていった。
（え、ちょ、待て待て待て！！ なんかのバグ！？ これ作った運営、今すぐ正座しろォ！！）
──その瞬間、昔ネットで見た噂がフラッシュバックする。
「女キャラが戦闘不能になると、“エロ装備”の呪いが発動する」
「しかも回復教会に行くまで解除不可」
（……うわあああああ！！ 都市伝説じゃなかったああああ！！）
全身の血が一気に顔へ上り、耳まで熱い。
「や、やべ……これ血圧ゲージ限界突破だろ──っ！」
画面の片隅に、《ステータス異常：吐血ダメージ》の赤字ログが点滅した気がした。
そのままぱたりと倒れ込み、後頭部を地面にぶつける。
──ガンッ。
後頭部が地面にヒット。腰のぬいぐるみポーチがごろんと転がる。
……静寂。
「……ん……んん？」
ゆっくりと、リリアの身体が上体を起こす。
だが、その瞳はもう“颯太”ではなかった。
そう──本来の少女リリアが、目を覚ましたのだった。
──ひゅう、と風が吹き抜ける。
「……ん……」
重たいまぶたを持ち上げる。
見知らぬ空。灰色がかった曇天。
光はあるのに、温もりは一切ない。
吐息は乾いて、すぐに空気に溶けて消えていった。
匂いがした。
焦げた鉄。……血の味までした。
雷雲の下に立ったときの、刺すような残り香。
それが鼻腔を焼き、舌の奥に渋さを広げる。
灰の粒が風に乗り、頬を削りながら流れ落ちていった。
「……ここは……」
身を起こすと、地面は黒く焦げ、ざらざらとした灰が指先にまとわりつく。
焦げた匂い……そこに鉄っぽい渋さが混じる。オゾンの刺すような感じまで鼻に残った
耳を澄ますと、遠くで瓦礫がひとつ崩れる乾いた音。
木は一本もなく、草もない。
ただ──何もかもを剥がされた後の白く乾いた大地が、地平線まで広がっていた。
（……森……だった、よね……？）
確かにそうだったはずなのに、記憶は霧の奥へ沈んでいく。
さっきまでのギャグめいた羞恥が嘘のように引き、残ったのは笑えない空虚感だけだった。
そして胸の奥で、ふと“既視感”が疼く。
ここは初めてじゃない……そう思った瞬間、自分の記憶が誰かに削られたような空白に気づく。
思い出そうとした瞬間、脳の奥を針で突かれたような痛みが走り、そこだけがぽっかりと空洞になる。
指先に走った微かな痺れ──それは、かつて敗北した瞬間に味わった、“死の直前”の震えと同じものだった。
──どこかで、誰かが笑った気がした。
風に混じったその気配は、現実か幻かすらも分からない。
（……誰か、見ている……？）
リリアの影が、白い大地に長く伸びる。
だがその影は──二つに分かれていた。
もう一つの影は、わずかに遅れて揺れた。
風の向きにも従わない。
背中に……なんか、いる。ぞわっとした。
