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『第二十五話・5 : 六翼覚醒、そして歩くバグデータ

「……ひっ、ひぃ……!」

リセルは蒼仮面の奥で顔をひきつらせ、声を裏返した。


「レ、レオ様っ……! わ、私……その……急にお腹の具合が……っ! し、失礼してもよろしいでしょうかぁっ!」

気品を装った声音は裏返り、淑女の体裁など跡形もない。

裾を翻し、氷霧を蹴散らすように後ずさると――必死に最後の置き土産を絞り出した。


「ぜっ……是非ぜひリリアさんが……レオ様の花嫁にふさわしいですわぁぁ!!」


半泣きの悲鳴とともに、彼女の輪郭は蒼白い魔法陣に呑まれる。

残響だけを谷に残し、リセル=フロストの姿は光の欠片ごと霧散した。


残された沈黙。

風が鳴り、羽ばたかぬ六翼の黄金光だけが谷を染め上げる。


セラフィーは剣を震わせたまま言葉を失い、

ブッくんは頁を抱え込み「見なかったことにしよ……」と呟くのが精一杯だった。

ワン太に至っては、リリアの背でぽふっと尻尾を下げ、完全に“借りてきた犬”状態だ。

セラフィーはただ、剣を握る手の震えを抑えきれずにいた。それは恐怖か、畏敬か──自分でも判別できなかった。


そして――最後に残った、レオ。


「リリア……美しい。気高く、神々しい。婚約者として、俺のものに……必ず、縛り止めてみせる……!」


だが、その言葉とは裏腹に、レオの脚はすでに逃げ腰だった。

言い放ちながらも、背を向ける動きは妙に早い。


「……くっ、悪い。俺も急用ができた。リリア……また、この話は次の機会に」


翻る黒マント。背を向けるその姿は、あくまで冷静沈着な“魔王軍の御曹司”を装っている。

だが、その内心は寿命が縮むほど動揺していた――。


(あっぶねぇぇぇ!!! 六翼とか神話のラスボスだろ!! 

フィアンセどころか寿命が三日くらい縮んだわ!!)


(いやいやいや、婚約者トーナメントって言ってたけどさ!?

普通に“婚約者葬式トーナメント”になるとこだったからな!?)


(てか可愛い可愛いって思ってたけど、もう“可愛い”の範疇超えてるだろ!!

美しいとか神々しいとか……いや、それ以前に“怖えぇぇぇ!!”だわ!!)


心の中で小市民みたいに取り乱しつつ、外見だけはクールに去っていくレオ。

そのギャップは、谷に残された誰にも知る由もなかった。


その時、リリアの視界の片隅に、無慈悲なウィンドウが浮かび上がった。


《ガルド=アイゼン 撃破確認》

種別:魔王軍第三将/氷槍騎士

Lv:172 HP:0/32,400(消滅)

攻撃:950 防御:820 属性耐性:氷90%

推奨攻略:パーティー4~6人編成

状態:死亡(分解済み)


(……いやいやいや!! こういうの、戦う前に出すやつだろ!?

しかもレベル172って、パーティー組んでようやく倒せるクラスじゃん!

それをソロで秒殺とか……もうバランス崩壊どころじゃねぇぞ!?)


(てか“状態:死亡(分解済み)”って、なんかリサイクル業者の回収報告かよ!!)


(しかも「推奨攻略:パーティー4~6人」って親切表示、死んでから出す意味あんの!? おせーよ!! 作者、絶対忘れてただけだろこれ!!)


そして颯太は、ふと背筋をぞくりとさせた。

(……いや、待て。俺、なんか……パワーアップしてね?)


自分の手を見下ろす。震えていない。息も乱れていない。

むしろ、さっきまでよりも体が軽い。視界も、やけに鮮明だ。


(これ……バグ? いや……強化イベント? それとも隠し補正?

いやいやいや……俺、なんかもう「主人公補正」極まってきてないか!?)


そして次の瞬間――さらに新たな黄金のウィンドウが、颯太の視界を焼くように浮かび上がった。


《リリア ステータス更新》

種別:プレイヤーアバター/勇者(覚醒状態)

Lv:6666(安定)

HP:66/66(Max 666,666)

攻撃:66,666

防御:66/66(Max 66,666)

魔法耐性:6%


(……はああ!? なにこれ!!)


(いや、まずレベルだろ!? 999から一気に6666って!!

桁ぶっ飛びすぎて、もはや“レベル”って概念壊れてんじゃねーか!!

ここだけソシャゲの広告かよ!? 「今ならレベル6666スタート!」みたいなノリやめろ!!)


(しかもHP66!? Maxは66万超えなのに、現在値はゴキブリ並みの生命力ってどういう仕組みだよ!?

防御も66(Max66,666)って……ほぼ裸勇者じゃん!!)


視線をやると、ワン太はきらきらした目で尻尾を振っていた。

「えへ♡ 吸っちゃった」みたいな顔で。


(おい!! お前がゴクゴク吸ったからだろ!!

てか俺、攻撃力6万超えの怪物なのに、HP66って……

これギャグRPGの裏ボスか、ラスボスのバグキャラ枠じゃねぇか!! 一撃でゲームオーバーとか笑えねぇんだよ!!)


(……でも、前のデモリオンの時と違って、頭も冴えてるし、体も暴走してない。完全にコントロールできてる。

……普段の俺と変わらない感覚だ)


(これ……なんかの漫画で見た“戦闘民族が覚醒した状態”みたいなやつか?

気が爆ぜるでもなく、髪が逆立つでもなく――ただ静かに、限界のさらに先に踏み込んだ感じ。

……いや、むしろその方が怖いんだけど!?)


(……でもそれってつまり、俺……マジで“覚醒”したってことか!?)


(てか、“見える力は抑えておけ、強さは隠した方がいい”って。

何百年も生きて、魔王を討ち果たした伝説級のエルフの魔法使いが──そんなこと言ってた気がする)


(そりや、ずっとこんな意味不明なスーパー覚醒状態でいたら……友達なんかできねぇよ!

ただの恐怖の権化じゃん!!)


(……ちょっと怒りに任せて爆発しすぎた。落ち着け、俺。……よし、一旦元の状態に戻す!

今の俺なら……きっとできるはずだ)


深呼吸とともに意識を沈める。

黄金に煌めいていた光は、静かに収束し、まるで夜明けの残照が消えるように肌から剝がれ落ちていく。

全身を包んでいた圧力が消え、心臓の鼓動さえ穏やかになっていく。


背から広がっていた六翼も、光の羽根を一枚ずつ落とすように淡く溶け、やがて跡形もなく消え去った。

残されたのはただ、普段通りの自分の体だけ。

しかし、セラフィーの胸には拭えぬ恐怖が残っていた。あの“神々しい姿”を目撃してしまった事実が、彼女の剣士としての直感に「人ならざる領域」を刻みつけていた。


同時に視界の端に、新しいウィンドウがスッと浮かんだ。


《リリア ステータス更新》

Lv:6,666 → 999(通常)【実際Lv 6,666】

HP:66/66(変化なし)【潜在値 66,666】

攻撃:66,666 → 9,999(Down)【実在値 66,666】

防御:66(変化なし)【潜在値 66,666】

魔法耐性:6%(変化なし)【潜在値 999%】


(……ふぅ。これでも十分おかしいけどな!! でも、まあ“歩くバグデータ”よりはマシだろ……!)

だが谷に残った静けさは、決して安堵だけを告げてはいなかった。黄金の残光が消えた後にも──何か新しい試練の予兆が、ひっそりと漂っていた。


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