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『第二十五話・4 : 熾天の六翼、可憐を守る刃

レオの両脇に控えていた、第三将・氷槍騎士ガルド=アイゼンと、第六将・冷術士リセル=フロストは、巨槍と氷光を携えながら、小馬鹿にしたように笑みを浮かべていた。


黒鎧の巨躯――ガルドが槍を突き立て、低く嗤う。

「……婚約者トーナメントだぁ? 勝ったやつには、俺が祝福の氷柱を胸元まで突き刺してやるぜ!」


続いて、蒼仮面の女術士――リセルが、紅を塗った唇をわずかに歪めて囁く。

「フフ……勝者には永遠の氷の口づけを。勇者でも分身でも、凍りつく唇で啼けばいい……♡」


そして最後に、彼女は冷ややかな笑みを浮かべ、吐き捨てるように言い放った。

「どう見たって大した美人でもないくせに……レオ様のフィアンセを名乗るなんて、おこがましいったらないわ。いったいレオ様は、どこを気に入ったのかしら?」


その瞬間、レオの瞳がわずかに揺れた。

ほんの僅かに頬を染め、誰にも聞こえぬほどの声で呟く。


「……いや、可愛いぞ」


だが、その照れを含んだ囁きがリリアに届くことはなかった。

谷に残ったのは、冷たく突き刺さる侮辱の余韻だけだった。


「そもそも誰がフィアンセだって決めたんだ? 俺は認めんぞ! こんなたいした実力もない小娘! レオ様に色目でも使ったんだろ? この売女が!!」

ガルドが吐き捨てた瞬間――


ドンッ!!!!


リリアの顔から笑みが音もなく掻き消えた。

その額に青筋が浮かび、次の瞬間、谷を揺るがす衝撃が走る。


(……ふざけんな。リリアは俺が、俺の全てをかけて作り込んだアバターだ。

世界で一番、可愛いに決まってんだろうが!!!)


ピンクの髪が逆立ち、一本、また一本と黄金に染まっていく。

やがて燃え立つ稲光が全身を奔り抜け、その輝きは髪を炎の冠へと変えた。


眩い光が奔流となって谷を呑み込む。

凍りついた大地は裂け、白霧は霧散し、夜の闇さえ押し戻される。

その背からは六枚の翼が、一枚ごとに花が綻ぶように咲き広がっていった。


羽ばたくことなく、ただ存在するだけで空が震える。

黄金に染まった六翼は稲妻のように天を裂き、見上げる者すべての瞳を縫い止めた。


それはもはや人ではない。

熾天の化身――神話の絵巻から抜け出したような光景が、確かにそこに顕現していた。


次の瞬間、谷全体が悲鳴を上げる。

大気は圧に押し潰され、兵も将も、縛られた操り人形のように一斉に動きを止めた。


「……な、んだ……身体が……動かねぇ……!」

氷槍を構えたままのガルドの巨腕が戦慄し、黒鎧が鈍く軋む。


「ち、力が……抜ける……!? ぐっ……があ……!」

巨体そのものが圧に押し潰されるように沈み込み、地面にひびが走った。


その余波に呑まれるように、隣のリセルも術を保てず、指先から伝わる魔力の感触がぷつりと途切れた。

「な、なに……この重さ……! 空気に押し潰されて……息が……できない……!」


冷徹を装った仮面の下で、その吐息は白く乱れ、今にも途切れそうに細り果てていた。

その瞳は――確かな恐怖に縛られている。


セラフィーの唇は蒼白にわななき、剣先が音を立てて揺れる。

ブッくんは頁をバタバタと震わせ、「頁が……潰れるぅ! 文字がにじむぅぅ!」と叫んだまま硬直。

ワン太は全身の毛を逆立て、尻尾を地面に打ちつけて呻き声を漏らした。


ネイルもまた、己が喧嘩を売ってしまったことへの後悔と恐怖に縛られ、紅い瞳を大きく見開いたまま動けない。

その背には、氷のように冷たい汗が伝っていた。

「……っ、馬鹿な……ありえねぇ……!」


黄金の六翼は光を散らし、谷全体を圧で押し潰す。呼吸すら奪われるその威圧に、兵も将も声を失った。

誰一人として声を上げられなかった。


だが、その緊張を裂いたのは、他ならぬリリア自身の声だった。


「ふざけんなよ! 黙って聞いてりゃ……調子に乗りやがって!! しかも……可愛くないだぁ……?」


その声が終わるより早く――。


シュバッ!!


リリアの姿が、黄金の残光とともに一瞬かき消えた。

剣閃は見えない。ただ空気を裂き、大地ごと震わせる衝撃だけが谷を駆け抜けた。


「……ッ!」

ガルドは反射的に氷槍を振りかざし、全身を覆うように防御の構えを取る。

稲妻のような気配が確かに巨体を掠めたが――次の瞬間に見えたのは、揺るぎなく正面を睨み据える黒鎧の巨躯だった。


「……はっ、速ぇ……! だが、通じん!」

黒鎧は傷一つなく、氷槍も折れてはいない。

巨躯は揺らぐことなく立ち尽くし、まるで攻撃そのものを完全に凌ぎ切ったかのように見えた。


「……はっ、無駄だ。見ろ! 全くの無傷だ! こんな攻撃、かすり傷ひとつ──」


ボトッ……


言葉の途中で、巨腕が肩口から落ちた。

彼はまだ、自分が斬られたことすら理解していなかった。

血飛沫も声もなく、ただ切断面から氷のような冷気が溢れ出す。


「……え?」


その刹那、ガルド=アイゼンの黒鎧に縦横無尽の亀裂が走った。

黒鉄を割るようなメリメリッという音が、谷に不気味に響く。

裂け目は肉体ごと貫き、骰子の目のように細かく刻まれていく。

呻き声を上げる暇もなく、巨体はサイコロ状の断片に変わり果て、**ドサァッ!**と谷へ崩れ落ちた。


血の匂いと鉄の破片が冷気に混じる。

兵士たちは絶叫することすら忘れ、リセルでさえ仮面の下で顔色を失っていた。


「ひ、ひと太刀……?」

「い、いや……何も……見えなかった……!」


リセルは後退し、震える指先を必死に組み合わせたが、その吐息は白く乱れ、今にも途切れそうに掠れていた。

冷徹を装った仮面の下で、その瞳は――確かな恐怖に縛られている。


今にも裂けそうな緊張が、谷全体を押し沈めていた。

誰も声を上げられない。笑いも、突っ込みも――一切、許されはしなかった。


黄金の六翼を背負ったリリアは、静かに剣を収める。

その姿は、戦場のすべてを沈黙させるに足る“絶対の存在”だった。


――ただ立っているだけで、世界そのものを沈黙させる神威を放ちながら。


誰も瞬きをすることすら忘れ、ただその姿に釘付けとなっていた。

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