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『第二十四話・2 : 国難よりケーキ難』

王城の大扉をくぐると、広間にはまだ焦げ跡と破れた幕が残っていた。

兵士たちは慌ただしく往来していたが、その空気の中心にいる王の顔色は――なぜか尋常ではなかった。


「……まったく、余も食いたかったのだ。あの伝説のザッハトルテを……!」

玉座に腰掛けた王は拳を震わせ、誰に向けるでもなく声を荒らげていた。

「いくら封印するためとはいえ、食べてしまうことはないだろ!?

 しかも全部! 一口分くらい残しとけという話だわ!! 常識じゃろうが!!」


広間に居並ぶ家臣たちは一斉に息を呑み、互いに目をそらした。

(……え、そこ怒るとこ……?)

(いやいや封印して命救ったんじゃ……?)

空気が気まずさでバキバキに凍りつく。


だが王の怒りは止まらなかった。

「リリアが悪い! いくら強くても物には限度がある! 何してもいいってわけではない!

 それなのに街ではワシより大人気! “女神様”などと崇められて!

 このままでは次の評議選挙でトップ当選は間違いなしじゃ! 余の立場はどうなるのだ!!」


広間が静まり返り、まるで石像のように固まった家臣たちの顔に「今聞かなかったことにしたい」という共通の色が浮かぶ。


偶然にも、その場に出くわしてしまったセラフィーとブッくんは、そろって一歩後ずさった。

「……なんや、王様……菓子でブチ切れとるん?」

「シーッ! 声を出さないで……!」


セラフィーの額には冷や汗がにじんでいた。

だがブッくんは思わず叫んでしまう。

「おい待てや! ザッハトルテ切らしただけで国家非常事態宣言ってどういうことや!?」

「声が大きい!」

「いや大きなるわ! こっち命がけやで!? このままやとパティシエが国防大臣になるぞ!!」


セラフィーは頭を抱えてうめく。

「……ああもう、お願いだから静かにして。」セラフィーが青ざめて小声で突っ込む。

「……この国、議会よりケーキ屋が強いのよ……」


「お菓子で革命起きる国て! 次の首相、絶対パティシエやんけ!!」


彼女は眉間に手を当て、小声で吐き出す。

「そもそも、評議選挙とザッハトルテを同列に語るなんて。国王としてどうなのよ……」


ブッくんは頁をばさばさ震わせ、耐えきれず声を上げた。

「それ以前にや! リリアはんが街ごと救ったんやろ!? お菓子ちゃうねん、命の話やねん!!」


セラフィーは横目で王を見やり、低くつぶやいた。

「……いい加減、現実を見てほしいわね」


広間の空気が一気にざわめき、王の方へと視線が集まる。


「……こほん!」

王は慌てて咳払いした。

さっきまでザッハトルテに拳を震わせていたことなど、なかったことにしようとでもするように。


「お、おお……セラフィー殿! そして……ええと……紙の……な、何か! わざわざ来てくれたか!」


その声音には、取り繕おうとする必死さと、さっきの逆ギレを誰にも突っ込まれたくない焦りがにじんでいた。

場を収めようとする王の言葉に、すかさずブッくんが食ってかかる。


「“紙の何か”やない! ワイは、呪いの王……“カース・──」


「……長い! もはやブッくんでよい!」

王は半ば投げやりに言い切った。


ブッくんは頁をばさばさ震わせ、顔を真っ赤にして叫んだ。

「は? 人か本かくらい最後まで聞けや!」


二人の間にばちばちの火花が散る。


セラフィーはそれを完全に無視して、淡々と口を開いた。

「とりあえず……デモリオン暴走の一部始終と、リリアの容態を報告します」


王は腕を組み、難しい顔でうんうん頷いていたが──やがて指をちょいと鳴らした。

すると脇に控えていた副官が、ずしりと音を立てて黄金の袋を卓上に置く。


「ふむ……大儀であった。これが報酬じゃ。受け取るがよい」


「金貨やあああああ!!!」

ブッくんは頁をばさばさ揺らしながら、さっきまで王とバチバチやってたのを忘れたかのように、ぴょんぴょん飛び跳ねた。


王は鼻でふんと笑い、したり顔で腕を組む。

「ほれ見ろ、やはり余の裁きが一番わかりやすいであろう」


「はぁ!? 金で黙る思たら大間違いや! ワイの欲しいんは甘味の尊厳やで!!」

ブッくんは叫びながらも、ちゃっかり袋を抱きしめて離さない。

「なんで報酬の重さが、ザッハトルテ三ホール分で計算されとんねん!」

「しかも三ホールじゃ足りんわ! 最低でもウェディングケーキ丸ごとやろ!!」


広間にいた兵士たちは一様に無言で顔を引きつらせた。

(……いや、尊厳って何? ケーキにあんの?)

(てか計算方法が雑すぎる……)


セラフィーは思わず目を伏せ、深いため息をついた。

(……現金すぎる……いや、どっちも単純すぎる……この国ほんとうに大丈夫?)


その横で、王は鼻を鳴らし、玉座にどっかりと背を預けた。

片肘をつき、あからさまに偉そうなポーズを決める。

まるで「余こそ名君」とでも書いてあるかのようなドヤ顔だった。


だが広間に控える兵士や副官たちは、一様に無言で視線を逸らす。

(……はいはい、また始まった……)

そんな空気がひしひしと漂い、誰もそのポーズに突っ込もうとしなかった。


それでも王は気づかぬふりで、わざとらしく咳払いをひとつ。

威厳を取り戻そうとするかのように声を張り上げた。


「よい、余はすべて許そう。封印の件も、女神殿の容態も、すべてはそなたらの責ではない。

 そして霧氷の谷に向かうと聞いた……危険極まりない地だ。余の兵を十人、護衛につけよう」


セラフィーが顔を上げると、鎧をまとった精鋭の兵士たちが一列に進み出た。

その足音が広間に響き、王の言葉がただの慰めではなく、本気の決断であることを示していた。


「……感謝します、陛下」

セラフィーは深々と頭を下げた。


王はわずかに視線を逸らし、口元を隠して呟いた。

「……だが余は、やはりあのザッハトルテを食したかった。……それだけが後生じゃ」


広間に、気まずすぎる沈黙が流れた。

家臣たちは目を伏せ、兵士たちは咳払いすら憚られて固まる。

(……国難の会議で出るセリフか?)という共通の空気がひしひしと広がっていく。


セラフィーとブッくんは顔を見合わせ、心の声がダダ漏れの表情になった。

「(……え、そこ? 国家よりケーキ優先……?)」

「(ケーキ>国家……終わっとるでこの国!)」


二人のドン引きオーラが広がる中、ワン太だけが“ぽふっ”と跳ねた。

つぶらな瞳で見上げながら、尻尾をふりふり。

「まあまあ、ケーキも大事だワン♪」とでも言いたげな仕草に、場の緊張がようやくほんの少しほどけていった。


兵士たちの張り詰めた顔にも、わずかに苦笑が浮かんだ。

やがて広間に、久しぶりに人間らしい呼吸と小さな笑いが戻っていった。


セラフィーは深々とため息をつき、冷たく一言を放った。

「……やっぱり滅びるわね、この国」


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