『第二十三話・2 : 《終焉超過領域──断絶零式》』
だが、光槍が届こうとしたその瞬間──。
デモリオンの裂けた単眼がぎらりと閃き、紅晶と黒炎が渦を巻いて凝縮する。
そして、“絶対障壁” がその巨体を包み込んだ。
それはただの防御ではなかった。
物理も魔法も、呪いすらも無効化する“殲滅の理”そのもの。
触れた力を片端から解体し、存在ごと霧散させる、神域の拒絶の壁だった。
揺るがぬ黒い大陸のようにそこに在り続けた。
閃光と漆黒が激突し、天地を震わせる轟音が走る。
光は押し込もうと唸り、闇は押し返そうと脈動する。
リリアの両腕は痺れ、骨が軋むほどの衝撃が伝わってきた。
「くっ……!」歯を食いしばってもなお、光槍はじりじりと後退させられる。
「……押し負ける!?」
セラフィーの叫びが震える。
「おいおいおい!! 物理も魔法も無効って、チート耐性やんけ!!
これ、どんなソシャゲでも炎上案件やぞォォ!!」
ブッくんが頁をばたばた震わせる。
──だが、リリアは剣をさらに握り直した。
胸の奥から溢れるのは、仲間の祈りと呪いと絆、そして颯太自身の声。
(……負けるわけねぇだろ。弟子の命を背負ってんだ。ここで止まれるか!)
決意が胸を焼き、全身を駆け巡った。
その熱が鼓動を揺さぶり、血管を破りそうなほどに高鳴らせる。
その刹那──。
胸裏の鼓動が、天と地を震わせる雷鳴へと変わった。
血潮が炎に変じ、魂が光を放つ
紅蓮の閃光がリリアの全身を駆け抜け、背には六翼のごとき残光が広がる。
髪は逆巻く焔を宿し、黄金の瞳は星をも凌ぐ輝きを帯びて、夜空そのものを裂いた。
そして
リリアの視界に、勝手に弾けるUIが走った。
【LEVEL UP】
【リリア=ノクターン】
【Lv:♾️ 9999 over(バグ値)】
【HP:999999/999999】
【MP:∞】
【攻撃力:99999+????】
【防御力:99999+????】
【速度:???/表示不能】
【特殊:全属性神域化/存在値バグ検出】
《警告:表示値が上限を超過しました》
桁違いの数値が次々とスクロールし、UIの枠そのものが軋み、ノイズ混じりに震えた。
それはもう“数値”ですらなく、現実の理を侵食していく存在の証明だった。
「──突き抜けろォォッ!!」
咆哮が響いた瞬間、紅と白の稲妻が膨張し、勢いが一気に逆転する。
漆黒の壁に走ったひび割れが炸裂し、抵抗の余地なく障壁は崩れ落ちた。
黒炎は霧散し、天地を揺るがす閃光が奔流となって押し寄せる。
──止まらぬ光は、なおも突進した。
残骸を踏み砕き、轟音と共に巨影の肉を貫き裂く。
紅晶の欠片と黒炎が爆ぜ飛び、天地を揺るがす閃光の中──
巨体の腹に、巨大な穴 が口を開いた。
デモリオンが断末魔のような咆哮を上げ、天地が悲鳴に震える。
だが。
デモリオンは、──まだ生きていた。
裂けた単眼がぎらりと光り、怒号のような咆哮が大地を割った。
「嘘……あれで倒れないの……!?」
セラフィーの声は戦慄に震えていた。
その瞬間、リリアの胸裏で颯太の怒号が弾ける。
(……ラムタフを、無駄死にさせるかよ……ッ!)
(この野郎! そもそもなんのために、お前は破壊神とか名乗ってんだよ!?
なんの目的のために破壊してんだ、このクソやろー!!
リシアルキラーかよ!! ふざけんな!!)
その瞬間、リリアの身は、瞬きの間にデモリオンの頭上へと跳んでいた。
空間を裂いたのか、飛翔したのか──誰にも見えなかった。
そして
リリアの口から、雷鳴を裂くような声が迸った。
「──《終焉超過領域・断絶零式》ッ!!」
天より振り下ろされるレーヴァテイン・ゼロ。
閃光が巨影を頭上から真っ二つに裂いた。
紅晶と黒炎が爆ぜ飛び、天地を震わせる轟音が世界を覆う。
裂けた巨体は、しばし空を支えた。
──だが次の瞬間、重力に引き裂かれるように崩れ落ちる。
大地を揺らす轟音とともに、巨影は地平を覆い尽くすほどの衝撃を撒き散らした。
ドォォォォンッ!!
その肉体は岩でも鋼でもなく、粘性を帯びた液体のように崩れ広がっていく。
紅晶の破片は溶け、黒炎は泥流となって地を染めた。
かつて「殲滅神」と呼ばれた存在は、もはや形を保つことすらできず──
世界の残骸のように、どろりと流れ落ちていった。
……やがて音も光も消え、残ったのは、どろりと広がる黒い湖だけだった。
リリアは剣を収め、黒い湖を見下ろした。
波ひとつ立たず、ただ沈黙だけが広がっている。
その静けさは安らぎではなく、世界から色を奪うような虚無だった。
湖面に映るのは、砕けた砦の残骸と、立ち尽くす自分の姿。
そして──弟子の笑顔の残像。
まだ幼かったあの日、「師匠、もう一回だけ!」と拙い詠唱で火花を散らしていた少年の影が、まるで湖に揺れているかのように思えた。
胸裏に刻まれた痛みは、師としてでも勇者としてでもなく──
ただ一人の人間としての叫びだった。
(……バカヤロウ。せめて、最後くらい一緒に前を向いてくれればよかったのに……)
声にならない嗚咽が喉を震わせ、瞳の端から熱いものが零れる。
その滴は、黒い湖に落ちて小さな輪紋を描き──やがてすぐに呑まれて消えた。
夜風が静かに吹き抜ける。
瓦礫を撫で、焦げた大地を冷やし、涙の跡さえも乾かしていく。
その音だけが、決着の証だった。