『第二十二話 • 3 : 朱光の群勢、序章を裂く』
森を抜ける風が、鉄の匂いを運んできた。
夜気はひどく冷たく、紅晶の砦を照らす赤光が、地平線を不気味に脈打たせている。
静けさの中に混じる低いうなり──それは、まだ姿を現さぬ軍勢の足音だった。
セラフィーは深いため息を吐き、冷たい視線を砦へ向けた。
「……ともかく……来るわ」
ゴゴゴゴ……ッ!!
砦の門が震え、血色の甲冑をまとった兵たちが這い出してきた。
赤く光る瞳、紅晶を埋め込まれた剣と槍。
その動きはぎこちないが、数は多い。
「うわああ!! 雑魚戦ラッシュ来たぁぁ!!」
ブッくんが悲鳴を上げる。
「借金取りより数多いで!? バーゲン初日の開店ダッシュやんけぇぇ!!」
セラフィーは光刃を抜き放ち、静かに構えた。
「……油断しないで。数で押されれば、すぐに呑まれる」
リリアは剣を掲げ、胸の奥の高鳴りを無理やり押さえ込む。
「行くよ! ここを突破して──ラムタフのところまで!」
「さぁ来い!!」
リリアの叫びを合図に、紅晶の砦前の戦いが始まった──。
紅晶兵たちが、地を揺らす咆哮と共に雪崩れ出る。
赤光に照らされた鎧は血のように赤黒く、瞳は獣じみた光を放っている。
セラフィーが前に躍り出る。
「散開して! 数を削ぐわ!」
冷徹な声と同時に、彼女の光刃が閃き、最前列の兵の槍を一息に断ち落とす。
「おお……相変わらず手際ええなぁ……!」
ブッくんが墨を撒き散らしながら震える。
「で、でもワイは!? ワイどこに配置されとるんや!? 殿か!? お荷物か!? 残飯処理か!?」
「そもそも戦闘力ゼロだろ!」
リリア──颯太が突っ込みながら紅晶兵を薙ぎ払う。
火花のような魔力が剣から奔り、三体をまとめて弾き飛ばした。
「……ちょっと、威力高すぎじゃない? 防御紙みたいなのに」セラフィーがぼそりと呟く。
(そこだよなぁぁぁ!! 俺の耐久、マジ豆腐なのに! 一発殴られたらログアウト案件だぞ!?)
その隙を狙うように、別の紅晶兵がリリアの背後に回り込む。
鋭い槍先が振り下ろされた──。
「ぽふっ!」
ワン太が勇者の胸元から飛び出し、ぬいぐるみとは思えぬ勢いで跳躍。
前足で槍を受け止め、紅晶の衝撃を霧散させた。
「うおお!? お前マジでタンク性能高すぎだろ!」
(てか何だその硬さ! ぬいぐるみ素材の説明欄に“全属性ガード可能”とか書いてないよな!?)
ブッくんがページをぶるぶる振り回しながら叫ぶ。
「ワイも行くで! ……“便秘呪詛・小”!!」
紅晶兵の一体が呻き声を上げ、鎧ごと地面に蹲った。
「効いてる……けど地味すぎやろぉぉ!!」
セラフィーは冷静に敵を切り裂きながら淡々と言った。
「……でも効いてるからいいじゃない。紅晶兵が腹痛で戦闘不能って、前代未聞だけど」
紅晶兵たちの陣列が乱れる。
そこへリリアが剣を振り抜き、紅光を帯びた大斬撃を放つ。
眩い光が夜を裂き、兵士たちをまとめて吹き飛ばした。
灰色の靄が木々を曇らせ、葉の裏で残光がちらつく。
重い沈黙の中、敵のうめき声だけが木霊する。
リリアは肩で息をしながら剣を構え直した。
「……ふぅ、数はまだまだいるね」
その時、砦から新手の紅晶兵が一斉に雪崩れ込みてきた。
大地がうねり、赤い光が夜を丸ごと飲み干す。
リリアは歯を食いしばり、剣を大きく振りかぶった。
「……なら、まとめて斬る!!」
剣身が眩い赤光を帯びる。
紋様のような魔力が空間に走り、森を一瞬で昼のように照らした。
「──紅晶断罪ッ!!」
剣から奔った紅い奔流は、一直線に兵士の群れを貫いた。
衝撃波は大地を裂き、紅晶の鎧を次々と砕き散らす。
森ごと両断するかのような赤の断層が走り、夜空を焼く閃光が砦の壁面に突き抜けた。
「ひえええっ!? 必殺技名まで中二病全開やんけぇぇ!!」
ブッくんが涙目で叫ぶ。
「でも威力はガチやぁぁ!! 紅晶兵、まとめて“ケーキ入刀”の一刀目やでぇぇ!!」
「ねえ! ちょっとは褒めてよ!」
(……マジやめろ、男の俺が女口調でおねだりとか、死ぬほど恥ずかしいわ!)
それでも冷たい物言いが、なぜか心を落ち着ける。
砕けた紅晶の破片が、赤い火花のように夜気へ散る。
その閃光を見届けるように、セラフィーは光刃を握り直し、赤光を冷やすような声で言い放った。
「リリア。あんたは火力で押し切って。……私は雑魚を断つ」
次の瞬間、彼女の剣先がわずかに震え──光の軌跡が夜を縫った。
《シャイン・リヴレイション》
無駄のない一閃が紅晶兵の鎧を正確に裂き、動きを止める。
炎のように暴れるリリアの大斬撃とは対照的に、セラフィーの剣は氷の裁断。
敵の急所を見抜き、確実に削っていく。
「……うおお!? 数が止まった!? まるでピタゴラスイッチやぁぁ!!」
ブッくんが墨を跳ね散らしながら絶叫する。
「勇者がドカーン! セラフィーはスパッ! って、これ役割分担完璧やんけ!」
リリアは振り返りざまに叫んだ。
「助かる! 一人じゃ持たなかった、セラフィーがいるから進める!」
セラフィーは答えず、紅晶兵の槍を受け流し、光刃を返す。
刹那、閃光が六重に走り、兵士の列をまるで糸を断つように崩した。
「……甘い。数が多くても、同じ型なら斬り慣れるだけよ」
(うわ、なんだこの“クールビューティ無双”……! 俺の派手な必殺技が完全にアニメのBパートで食われてる!?)
ワン太が耳をぴくりと震わせ、リリアの肩を押した。
──まるで「配置が噛み合ってる」と言っているかのように。
残光の霞が森を覆い、朱の閃光が夜を切り裂いて揺らめく。
だがその奥、砦の影のさらに奥から──格が違う圧力が、息を潜めてこちらを見ていた。
(……来る。今までの雑魚戦なんか比じゃねぇ……! 中ボス……いや、あれは……!!)
戦いは、まだ“序章”──その赤光は、真の絶望の幕開けにすぎなかった。