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『第二十二話 • 2 : 裏切りの弟子、借金裁判所へ堕つ』

森の奥から吹きつけてくる風は、冷たさよりも鉄の匂いを運んできた。

紅晶の砦はもう目の前。闇の中で赤光が脈打ち、まるで巨大な心臓そのもののように鼓動している。


セラフィーが立ち止まり、砦を見据えながら言った。

「いまさらなんだけど……次のボスは、あなたが良く知っている人なの」


「え?」リリア──いや颯太は息を呑む。


ブッくんがパタパタとページをめくりながら首をかしげる。

「誰やねん? ワイ知らんぞ? 解説プリーズや」


セラフィーは淡々と告げた。

「ラムタフ=シギサ。かつて勇者──あなたの弟子の一人だった男よ」


「……っ!」胸がざわつく。


「魔法の才に恵まれ、若くしてその力を開花させた。

周囲からは“勇者を継ぐ男”とまで呼ばれていた……でも、心は脆かった。……強さを欲しがりすぎたの。」


セラフィーの横顔が、紅光を受けて影を濃くする。

「やがて──彼は一人の女に絡め取られた。

『もっと強くなれる』『特別な力を授ける』と囁かれて……ラムタフはあっさり信じた。

そして、貢ぎに貢いで借金まみれになり、仲間の財布にまで手を出した。」


「そして、魔王に近づき、媚びへつらって力を得る代わりに……仲間を、裏切った」


(……あいつ、やっぱり……)

颯太の喉が渇く。あの頃から妙に女に騙されやすい性格だった。仲間がどれだけ忠告しても、耳を貸さなかった。

頭の奥で蘇るのは、あいつが笑顔で「任せてください」なんて言っていた時の記憶だ。誠実そうに見えて、その裏で平気で金を借り、女に貢ぎ……すべてを壊していった。


リリアの唇が震え、抑えきれない怒りが声へと変わって溢れ出す。


「裏切り? 笑わせるな……あいつはパーティーの金を全部持ち逃げしたんだ!

しかも俺の知り合いにまで借金しまくって、返さないままトンズラだぞ!!」


拳を震わせながら、吐き捨てるように続けた。

「──全部、“女”のためにな!!」


(俺の“勇者の弟子”って肩書き利用して、金を借りて……思い出すだけで腹が立つ!)

思い返せば返すほど、胸の奥で黒い火が燃え広がっていく。

師として背中を預けた日々が、ただの“騙されエピソード”に変わっていくなんて……許せるわけがない。

胸の奥が焼けるように熱くなり、胃のあたりまでぐるぐると込み上げてくる。息が詰まって、声が裏返るのも抑えられなかった。


「まぁなんでもいいけど、闇堕ちする暇あったら──金返せぇぇぇ!!!このクソ弟子がぁぁ!!」

リリアの絶叫が夜空に響いた。


セラフィーが冷たい目で横からすかさず突っ込んだ。

「……リリア、言葉遣い。今の、完全に“男”だったわよ」


リリアは一瞬ハッとして口を閉ざす。

(やば……素が漏れた……!)


ブッくんが墨をばーんと撒き散らし、表紙をバタバタと打ち鳴らして絶叫した。


「な、なんやそれぇぇ!? “勇者を継ぐ男”の闇落ち理由が“借金トンズラ&女に騙された”って……!

もっとこう、“世界を呪った”とか“魔王と契約した”とか、伝説級の堕落イベントあるやろ!?」


「せっかくのビッグネームやのに……実態はキャバ嬢に貢ぎすぎて破産した、ただの金融事故やんけ!!

そんなん“闇堕ち勇者”やなくて“情弱サラ金マン”やぁぁ!」


「そうなんだよ!債権者ギルドから、毎日、鬼のように使い魔便がきてさー!最後は訴えられて、王都裁判所から召喚状が来たんだぞ!」


「勇者を継ぐ男」から「裁判所出頭男」への転落劇……聞いてるだけで情けなくて吐きそうだ。


セラフィーが、氷のような視線で短く呟いた。

「……典型的ね。力を欲しがる者ほど、女の言葉に騙される。女に貢いで落ちる男ほど見苦しいものはないわ」


ブッくんはページをばたばた震わせながら、やけに共感めいた声を漏らす。

「せやなぁ……女に貢いで破産って、紙媒体的にも痛いで? 本すら買えんやん……ワイも昔、美人店員に薦められてスイーツ全集揃えたことあるし、ちょっとわかるわ……」


セラフィーの冷たさとブッくんのズレた共感、その両方が余計にリリアの胸を締め付けた。

誰も自分と同じ怒りを抱いてはくれない──その孤立感が、炎のように募っていく。


「わかるな!!」

リリアが怒鳴る。

感情をむき出しにしているのは自分だけ。その事実が、余計に痛みとなって突き刺さった。


ワン太が“ぽふん”と跳ね、胸を「とん」と叩く。

──まるで「お前は間違ってない」と、ひとりだけ同意してくれているかのようだった。

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