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『第二十一話 : 1 ──祈りの静寂、そして城の奥へ』

灰が雪のように舞い、夜の空気に静けさが戻っていた。

燃え残る瓦礫からはまだ赤い光が漏れ、焦げた木材の匂いが風に乗る。

先ほどまで耳を裂いていた咆哮も、黒煙を震わせた羽音も、もうここにはない。


──魔物の影は、完全に消え失せていた。


兵士たちは互いに肩を抱き合い、すすけた顔で涙を流す。

「……助かった……」「終わった……本当に……」

その声はかすれていた。恐怖の残滓と、消えかけた命を繋ぎとめられた安堵とが、ひとつになっていた。


やがて、その場の視線が一斉にリリアへと集まる。

「女神さま……!」

「どうか城へ……陛下がお待ちです!」


兵士たちが一斉に膝をつき、すすけた顔で祈りを捧げる。

灰の舞い落ちる光景は、まるで天から降る聖灰のようで、一人の少女を“聖像”として吊り上げる舞台装置に変わっていた。


(……ちょっと待て!? ケーキの名前で敵を斬っただけなのに、なんで俺がここで歴史に名を刻む救世主扱いなんだよ!?)


ブッくんが涙目で頁をばたばた。

「ひぃぃっ! ワイ、まだ灰にならんで済んだんやな……!! やっぱ女神補正すげぇぇぇ!」


ワン太は“ぽふっ”と立ち上がり、炎に染まる王城をじっと見据える。

布の瞳に揺れる光は、まるで次の戦いを告げる狼煙そのもの。

その小さな背中から漂う“決意オーラ”は、場数踏んだ将軍より濃いじゃねぇか。


(……おい……俺より主役オーラ強くね? ぬいぐるみのくせにリーダー格ポジとか反則だろ……!)


──城門が開かれる。

鉄の軋みが闇に響き、重厚な扉の奥から冷たい空気が流れ込んできた。

外の炎とは対照的な冷えた石の匂い。だが壁には無数の亀裂が走り、床には崩れ落ちた瓦礫が散らばっている。

城はまだ、生き延びている。だが、それは傷だらけの息遣いにすぎなかった。


長い廊下を抜け、彼らは玉座の間へと足を踏み入れる。


そこにいたのは、王冠を戴いた一人の老人。

白髪混じりの髭をたくわえたその姿は老いを隠せぬはずなのに、瞳だけは炎を拒むように鋭く輝いていた。

──いや、マジでこの人だけ照明当たってんの?ってくらいキラッキラしてる。


王はゆっくりと立ち上がり、リリアに向けて言葉を紡ぐ。

「……よくぞ、あの怪物を討ち払ってくれた。あれほどの存在を退けられたことは、この王都にとって大いなる光だ」


(いやいやいや!? あいつの自己紹介を信じてるだけだろ!? UIで確認できたの俺だけだっての!!)


セラフィーが一歩進み、恭しく頭を垂れる。

「陛下。この戦いは、ひとまず落ち着きました。ですが……まだ終わってはいないはずです」


王は深く頷き、その声を低めた。

「その通りだ。軍勢は退いた。だが──魔王の狙いは、この城の心臓を奪うことにある」


その一言で、広間の空気が重く沈んだ。

すすり泣く声も止まり、誰もが耳を澄ませる。


「……この城が建つ以前より、王家が代々守り続けてきた秘宝。

 それは“菓子”の姿をした封印──**《聖なるザッハトルテ》**だ」


セラフィーがはっと顔を上げ、息を呑む。

「……伝承にある、あの……」


王は静かに頷いた。

「ただの菓子に見えようとも、その実は“神の菓”。

 濃厚なるチョコレートは大地を縛り、杏のジャムは血を鎮め、黒きグラサージュは災厄を覆い隠す。

 三層のカロリーこそ三重の封印。千年にわたり魔を退けた、胃袋の核なのだ。」


兵士たちは胸に手を当て、涙と祈りをもって応えた。

すすけた広間に、聖歌のような声が満ち、炎に焼かれた夜を押し返す光となった。


ブッくんが震えながら叫んだ。

「ひ、ひえぇぇっ!? ケーキのくせに核兵器並みとか、ワイ、チョコの欠片かじっただけで爆散する未来しか見えん!!」


リリアは顔を引きつらせ、心の中で悲鳴を上げる。

(ちょ……ちょっと待て……“聖なるザッハトルテ”!? ただのチョコケーキに“千年封印アイテム”って、宗教的パワーワード盛りすぎだろ!!)


(しかも……つまり今まで俺が食べてきたザッハはぜんぶ模造品!? じゃあここにあるのがケーキ界のラスボス!?

 いやいやいや……俺コーヒーの横にちょっと甘いの欲しかっただけなんだって!!

 どうして俺が今、ケーキ宗教のご本尊に祀り上げられてんだよ!!)


ワン太が“ぽふっ”と鳴いて、布の瞳でじっとリリアを見る。

その視線は「受け入れろ」と告げる聖像のまなざしのようで、リリアの胃袋に黒歴史を永遠封印する呪文だった。


(……やめろぉぉ!! ぬいぐるみにまで“ケーキ教の開祖”として見られるとか、黒歴史が永久保存になっちまうだろがぁぁぁ!!)


──こうしてリリアは、《聖なるザッハトルテ》の真実を知った。

だが同時に、その甘美すぎる名の裏に潜む“次なる災厄”が迫っていることも悟るのだった。


その瞬間、夜風に乗って甘い香りが広間に忍び込んだ。

砂糖を煮詰めすぎて焦がしたような苦みと、供物めいた濃厚な甘さ。

誰も言葉にしなかったが、全員が理解していた。

――これは前兆だ。

《聖なるザッハトルテ》を狙う、新たなる災厄がすでに歩み寄っているのだ。


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