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『第二十話・4:ケーキ裁判、そして女神降臨』

炎に揺れる城門前。

黒煙の中から、巨躯の影が一歩、また一歩と現れた。


「我が名は、魔王軍副将──ドレイク・ガルザン!」

「数多の城を焼き、千の兵を屠ってきた斧よ。貴様ら人間風情が、ここを越えることはない!」


低く響く咆哮が門前の空気を震わせ、兵士たちの足がすくむ。


(うわぁ……ちゃんと名乗った! 副将のくせに妙に堂々してるな……! てか“屠った斧”って自己紹介いるか!? 武勇伝カラオケかよ!)


その瞬間──視界の端に青い枠が浮かび上がる。


【NAME:ドレイク・ガルザン(魔王軍副将)】

【Lv:28】

【属性:魔/鋼】

【耐性:火-◎ 氷-△ 雷-△】

【攻撃:戦斧乱舞/咆哮(恐怖付与)/大地割り】

【弱点部位:首筋の魔紋】


(……来たな。副将クラス……! ってか、誰が出してんだよこのウィンドウ!? 解説親切すぎて逆に怖ぇわ!)


ドレイク・ガルザンは戦斧を肩に担ぎ、血走った眼を光らせた。

「……人間どもよ。ここから先は地獄だ」

再び放たれた咆哮に、空気が軋み、兵士たちの膝がわなわなと揺れる。


セラフィーは剣を構えながら、吐息を荒くした。

「……副将クラス……リリア、気を抜かないで」


「ひえぇぇっ!? あんなん斬られたら紙のワイ、一瞬でシュレッダーやんけぇぇ!」

ブッくんは頁をばたばた震わせて半泣きになる。


(いや俺だって怖ぇよ! でもこいつ倒さなきゃ城門持たねぇだろ!?)


リリアが、一歩前に出る。

「ねえ、ひとつだけ聞きたいの」


副将が牙を剥く。

「なんだ……?」


リリアは瞳を細めて、ふっと微笑む。

「“ザッハトルテ”って、知ってる?」


「ザッ……は? なんだそれは……呪文か?」


その瞬間──頭の中でぷつんと音がした。


リリアの唇が冷たく歪む。

「知らないのね。……なら、もう、あなたに用はないわ」


白銀の剣閃。

稲妻よりも速い軌跡が走り、副将の首筋に刻まれた魔紋を寸分違わず断ち切った。


城壁が轟き、火花のような紅光が夜空を裂く。

それでも巨体は、なお立っていた。敗北を認めまいとするかのように。


ドレイクは最後の力で、戦斧を振り上げようとした。だが腕は震え、刃は空を切ったまま止まる。


「ぐああああああああああああアアアアアアアアッ!!」


断末魔は雷鳴のように響き、城壁を揺らし、瓦礫を軋ませ、黒煙すらも震わせる。

紅の光が内側から奔り、肉を裂き、骨を穿ち、全身を焼き尽くす。


──掲げた斧は届かず、彼の巨躯は光に呑まれ、灰の粉となって崩れ落ちた。


灰が散り、戦場に静寂が戻る。


そのときだった。

副将が灰と化した瞬間、周囲を取り巻いていた魔物たちが一斉に悲鳴を上げた。

「ギャァッ!」「ヒィィィ!」

獣は互いを踏み潰し合い、兵に似た影は仲間を押しのけながら蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

翼を持つ魔は煙に呑まれ、悲鳴だけを残して夜空に掻き消えた。


残されたのは──戦斧の残骸と、黒く焼け焦げた地面。

灰が雪のように舞い落ち、戦場を静かに覆っていった。


リリアは剣を払って、冷たく吐き捨てる。

「“ザッハトルテ”を知らない時点で、あなたの存在価値はゼロだったの」


(あーあ、言っちゃったよ……! ケーキ知識で存在評価する女神ってなんだよ! 完全にスイーツ教の開祖じゃん俺!)


ブッくんは顔面を青ざめさせて絶叫した。

「基準そこぉぉ!? ケーキ知らんだけで死刑とか理不尽すぎるやろ!!」


セラフィーは額に手を当て、疲れたように笑った。

「……ほんとにお菓子で命を量る女神さまなんて、聞いたことないわ」


ブッくんは涙目で頁をばたばた。

「ひぃぃっ! ワ、ワイ“モンブラン”派やけど……それもセーフなんか!? アウトなんか!?」


(アウトとかセーフとかの問題じゃねぇ!! てか、俺はケーキ神でも裁き神でもねぇんだよぉぉ!!)


人々は息を呑み、そして歓声を上げた。

「敵の副将が……討たれたぞ!」

「生き延びた……!」


兵は剣を掲げて天に祈り、子どもはすすり泣きながらも「女神さま!」と叫んだ。

血に塗れた母は子を抱き、嗚咽しながら膝をつく。すすけた顔に浮かんだ光は、絶望の夜をほんの少し照らす炎になった。

その場にいた誰もが──ただ一人の少女を、いや、“女神”を仰ぎ見ていた。


リリアは剣を下ろし、静かに吐息をついた。

(……いやほんとマジでケーキ知らんだけで斬っただけなんだけど……!?)

(これもう“ケーキ裁判”の勝訴で拍手喝采とか……俺、知らん間に甘味宗教の開祖になってんじゃねぇか……!?)

(……てか宗教ビジネスって儲かるのかな? いやいや俺が気にするな!)


──王城前の戦いは終わった。

だが、これが終焉ではなく序章にすぎないことを、誰もが理解していた。


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