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第3話 青き腕(かいな)の招くもの ー序ー

今日は4月6日、土曜。空き家で化け物を見た晩は吉田はそのまま廿浦の家に一泊させてもらい、今しがた自宅に帰ってきたところだ。

「初の現場、キモい時計、電車が事故って帰れないとか、散々だったわ……」

昨晩の人身事故の犠牲者は、直前に少しおかしな挙動があったようだ。なんの気なしにSNSを開いたらトレンドニュースに挙がっていて、その動画をうっかり再生してしまった。

腕を振り回して「アオイヒト、ウデオスナ、オスナ!ワアアアアア!」と支離滅裂なことを叫びながらよろける男性の姿が映っている。

「……ネットにすぐ載るの、エグいな」

周囲の人が遠巻きに見ている中、彼はホームから転落し、電車が入ってくる直前で映像は終わっている。

「一人で喚いて勝手に落ちるなよ……まぁ、死にたくて飛び込んだんじゃなくて事故だしな、悪く言ったら失礼か」

吉田は気疲れして、ぼふっとベッドに倒れ込む。

昨晩からずっと、悩みが頭から離れないのだ。

「訪問心霊係で、やっていけるのか?俺」

廿浦には「お化け退治は頻繁にはやらないし、君は気負わないでね」とは言われたものの。

本職の祓い屋,津田とやらに、「君には幽霊を祓うことはできない。知覚するのが精一杯だ」という趣旨のことを言われたのが胸に引っかかっている。

自分は辛うじて霊が“視える”だけ、声を聴いたり触れたりもしない。

その程度では、係の仕事を任せてもらえないのではないか。

そもそも霊能力とやらはどうトレーニングすれば、いいんだ……?

そればかりが頭を巡る。

「いつまでもビー玉……じゃない、霊珠?を拭いてるだけってわけにもなぁ。また、そんな少ない仕事量で給料貰ってんのかって……」

まずい、また須藤の怒鳴り声思い出した。

吉田はベッドでごろごろと転がって呻いていたが、

「そういえば係長、こういう、嫌なことばっか考えてると怪異とか悪いものが寄ってくるって……え、ヤバい。最近、心当たりしかなくね?」

がばっと跳ね起きる。

児相のことを思い出すたびに感じた胃痛、視線、悪夢はそういうことか……?

「……うっわ。やだ。嫌すぎる」

頭を抱えて唸り、じたばたと布団を蹴飛ばしていたら、ぴろん、とスマホが鳴った。

「あ、係長だ」

昨晩、緊急連絡用にとトークアプリのIDを交換した。

『吉田くん、こんにちは。廿浦です。無事にお家に着きましたか?』

そんな文面に、吉田は思わずふっと笑ってしまった。

俺、幾つのガキだよ、廿浦さんったら。母親みたいだな。

『廿浦係長。こんにちは。吉田です。無事に帰宅しました。昨日の夜も、朝ごはんも、ご馳走様でした』

とささっと打って送る。直ぐに既読がついた。

『お粗末さまでした』

ややあってその一言だけが返ってきた。

吉田は、児相勤務時は朝の食欲などなく、通勤中に自販機で買ったジュースやカフェオレを朝昼兼用のカロリー源にしていたし、今もそのクセが抜けず、休日ですら朝は野菜ジュースだけの日々だ。

だから今朝、廿浦の家で、炊きたてご飯に粒の粗い炒り玉子と冷凍のほうれん草に出汁醤油をかけたお浸し、インスタントの味噌汁という献立が食卓に並ぶのを見て、吉田は驚いた。

シンプルだが温かい朝食は、寝起きの吉田の胃をも目覚めさせた。

ついでにいうと、最初は目玉焼きの予定だったのに、

「ごめん、吉田くん……」

廿浦が器に割り入れた卵をうっかり溶いてしまったので、急遽、炒り玉子になったのである。

なんだか廿浦といると心が和らいで、心地が良い。久しぶりに誰かと食卓を囲んで摂る朝食は吉田の胃の腑にじんわりと染み渡るものがあった。

その温もりを思い出して、そっと胃を撫でる。

『とても美味しかったです。ありがとうございました。』

と廿浦にメッセージを送り、吉田はベッドから起きた。

給与を貰うに値する職務をせねば、という気持ちもあるが、それよりも。

俺、廿浦係長のために頑張りたい、かも。

自分の霊視とやらの力に全く自信のない今、俺に何ならできるだろう?

「今の俺に、できること……」

廿浦は「事件とのつながりを調べて警察と連携したり、依頼人の言動が霊障か精神疾患か見分けて、病院に繋いだりもするんだ。それには現場で霊障の有無が分からなきゃならないから、吉田くんの霊を視る力、すごく頼りにしてるよ」

なんて優しく笑っていた。


霊障の有無が判断できなくても、

その不思議な事象が精神疾患の可能性があるか見当をつけられれば、自分も役に立つかもしれない。

「……精神疾患、復習しておくか」

吉田はネガティブな前向きさで、心理師の資格勉強で使った精神疾患分類基準,DSM5を本棚から引っ張りだした……。


土日を勉強に費やして、月曜日。

駅前のコンビニで昼食用のコロッケパンを買って、吉田は出勤した。

職場で固形の昼食を摂る気になったのは実に2年ぶりだ。


「係長、おはようございます!」

「おはよう、吉田くん」

今日もちゃんとジャケットを着て、キリッとしている廿浦。

……あの緩いギャグの書かれたトレーナー着てるようには思えないよなぁ。

思い出して、吉田は頬が緩みかける。

「そうだ、吉田くん。津田くんともトークアプリでつながっておいてくれるかな。お仕事で今後関わると思うし」

自分もトークアプリを立ち上げている廿浦に吉田は素直に訊ねる。

「津田くんって、県職員じゃなくないですか?その、色々と守秘義務とか」

今までの吉田なら、聞いても怒られる,答えてもらえない,という実体験から質問するのを躊躇っていただろう。

廿浦は優しい笑顔で頷いた。そして

「もちろんそれはそう。でも、祓い屋さんって各県に“措かれて”いる訳じゃないからね。何か、僕らでも警察でも対処できない事態に遭ったら、どうしても一番近距離にいる祓い屋さん,つまりは津田くんを頼ることになる」

真剣な声でそう言った。


午前中はビー玉拭きはなかったので、例の7名の女性の亡くなった事件について自分なりに調べて過ごした。

『L県B市女子7名連続失踪事件 20☓☓年』

L県B市の天貫山と、山を越えた先の海, 詣満(いたま)浦周辺が事件発生エリアだ。

あの廃屋はどう関係があるんだろう。

と首を傾げる吉田の耳に、

ざざぁ……ざぁぁ、と打ち寄せる波音が蘇る。

あの廃屋の現場で、お化け,もとい亡霊の集合体が消えていくなか、吉田に聞こえていた音だ。

それが消えて初めて、波音がしていたことに気づいたのだけれど。

ちゃんとその時に、“聴く”ことができていればなぁ、と吉田は悔やんだ。


「吉田くん、午後に出張だ。」

公用携帯でなにやら通話中だった廿浦が、吉田にそう声をかけた。

「今日は県内F市の男性宅に行くよー。住所は北V川のエリアだね。あ、無低は知ってる?」

どうやら無料低額宿泊所にお化けが出たらしい。

その川の氾濫しやすい地域は一時期はスラム街だったが、この十年ほどで、河川の工事と共に再開発もされた場所だ。

今なお安アパートが多いが、繁華街や風俗街が無くなり治安が向上した分、独り暮らしの学生たちに人気のエリアになっている。

「あ、この駅だね、降りよう」

「え、ここって」

先日、人身事故の起きた駅ではないか。

吉田が恐る恐る言えば廿浦は苦笑した。

そうして吉田をベンチに待たせて、廿浦はホームの端から端まで歩いている。吉田のところに戻ってくると、廿浦は首を捻った。

「なぁんも、残滓はなかったよ。ま、良いか」





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