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中の街


 リュウたちの住む街は、古い建物は多いものの、構造自体は『外』でもよくある旧市街地と変わったところはないように見えた。

 道路はアスファルトかコンクリートのようなもので舗装され、建物は木造か鉄筋、もしくは鉄骨づくり。統一性は、あまりない。

 行き交う車輛は、どれもあの毛むくじゃらの動物が引いているが、台数は多くない。

 もっとも変わっている、と思ったのは、多くの建物の一階部分が、何か商品を売る店舗になっていたことだ。

 見たことのない植物の葉や実、その加工品。

 陶器の容れ物に入った、飲み物。

 衣類。

 装飾用なのか、花や実のついた枝。

 金属製品。

 調味料なのか、薬用なのか、粉末状の何かを並べたもの。

 食事を提供する店。

 どれも『外』ではほとんど、あるいはまったく見られなくなった商店ばかりだ。

 大抵の生活用品は、ネットで注文できるし、店頭で購入するにしても、大型のショッピングモールのようなところの方が便利なのだ。

 VRゲーム内の、異世界設定でしか見たことのない商店街の様子。それが、まさにそのまま再現されているように、翔には思えた。


『ねえ、翔? あれ何?』


 電子音声を発したのは、翔の肩に乗った歩行ドローンであった。

 リュウたちが、狭所探索用のドローンと、リベルティナの頭部センサーを接続設定し、視線誘導で自由に動けるようにしてくれたのである。

 ニナは、先ほどの広場に座ったまま、翔と一緒に街の様子を見物できる、というわけだ。


「ああ、あの紙の束は『本』てやつだ。保存性がよくて電源がいらないから、昔はあれが普通だったんだ」


 『中の街』こと『サクラ村』は、自給自足のみで成り立っているとは思えないほど、豊かで活気に満ちて見えた。


「よく知っているな。電気エネルギーは貴重なんでな。その点、紙は何回も再利用できる。原料は、植物だしな」


 自ら案内役を買って出たリュウが言う。

 よく見ると、すべての建物の屋根に太陽光ソーラー発電装置が設置されている。


「電力源はソーラーだけなのか?」


 翔の質問に、リュウは笑って答える。


「ははは。そんなわけないだろう。あらゆる方法で作っている。まあ、ソーラーが主力ではあるがね」


「どうやってモジュールを作ってんだよ?」


「再生だよ。バイオーム内には旧時代遺跡が十以上あってな。そこの発掘品から作っている。金属製品も樹脂製品もそれで半永久的に賄えるって試算だ。まあ、旧時代の連中はよほど贅沢だったんだろうな」


 街を歩くと、リュウの顔を見た人々が、何人も会釈してくる。


「リュウ、あんた有名人なんだな」


「人口3千人の町だからな。みな顔見知りみたいなもんだ……まあ、町長なんて役をやらされているせいもあるけどな」


「あんた……『中』のトップだったのか……」


 ぶらぶらと歩いていくと、大通りに出た。

 街の中心部と思われる場所なのに、なぜか幅数メートルの水路が流れていて、そこかしこに魚が泳いでいるのが見える。


「何だこの水路? 町のスペースがもったいなくないか? 往来にも邪魔そうだ」


「必要な施設なんだよ。この水路は『下水路』だ」


「何だって⁉ こんな澄んだ水がか?」


「もともと自然水路なんだよ。各建物にも、地下浄化槽が付いてるしな。それに、一番濃度の高い『屎尿』は別ラインであのタンクに行くんだ。メタン発酵させてから農場の肥料にしてる」


 リュウが指さす先には、金属製の大型タンクがそびえている。

 採取されたメタンガスは燃料になる、ということらしい。


「そう。それだよ。見たいのは『農場』だ。地面に一面同じ作物を植えるなんて、そんな世界が本当にあるのか?」


 翔の知る限り、『農場』というのは海に浮かぶ巨大なフロートで、微細藻類の養殖施設のことであった。一部では、人工光を用いて高価な野菜類を育てている施設もあると聞くが、建物の中でのことだし、そもそも一部の金持ちだけが食べる嗜好品でしかない。


「作物だって植物だ。もともとは地面で育てていたのさ。まあ、穀物は別として、野菜は一面同じものってわけじゃないけどな」


 町を流れる『美しい下水路』沿いに下っていくと、町を囲む森に入った。

 その森を抜け、視界が広がったとき。思わず翔は感嘆の声をあげた。


「うおおおおお……すげえ。これ全部、食い物だってのか?」


 思わずのけぞったせいで、ニナの『目』となっているドローンが、翔の肩から滑り落ちそうになった。


「え? え? 翔! あたしにも見せて! よく見えないよぉ!!」


「すまねえスージー。ほら、見えるか?」


 翔は、慌ててドローンを持ち、肩に乗せなおす。

 ニナの見るモニター画面にも、広大な農地が映し出された。

 手前に広がる緑の絨毯は、コメを実らせる『イネ』という草だという。

 その向こうには、パッチ状に違う植物が植えられているが、ただの草むらや茂みとは違い、丁寧に整えられ、そこかしこで赤や黄、緑の実がなっているのがここからでもわかる。

 左右の丘は、森の続きのように見えるが、そこにも黄色い実がなっていて、それは樹木に実る、果物という作物だと教わった。

 街から流れ出る『下水路』は、農地の手前で左右に枝分かれし、さらに細かく分かれて農地全体に広がり、くまなく水分と栄養を運んでいる。


「この全部が食える植物……町の食料源ってことだ」


「だがよ……? こんなに『自然』を壊しちまって大丈夫なのか? 『中』の生態系を守るのが、あんたたちの役目……なんだろ?」


「俺たちはこの世界に生息する『生き物の一種』だ、とも言ったはずだ。俺たちの活動も生態系の一部なんだよ。この農地に依存して住んでる生き物もいる。生き物がいることで、作物にとってもいい効果がある。ルールを冒さない限り、生きるための活動は制限されない」


「なあ? あそこで働いてる人たちは、何やってんだ?」


 翔が指さした先には、白いマスクとゴーグルのようなものをつけた人々が、白い霧のようなものを撒き散らしている。


「『農薬』を撒いている。作物を食べる昆虫を殺すためだ。ウイルスや菌による病気の防除もやる。植え付け初期に昆虫や病気が蔓延すると、全滅ってことも珍しくないんでな」


「言ってることが違うじゃねえか……昆虫を殺すってそれ、ルール違反じゃねえのか?」


「農薬も植物から精製している。皆殺しにするようなものでない限り、ルール違反ではない」


『あの……さっきから気になってるんですけど……ルールって具体的にどういうものなんですか?』


「細かいルールはいくつもあるが、基本原則は三つだ。ひとつ、バイオーム内の地上で得られる以上のエネルギーを利用することを禁ずる、ふたつ、化石由来の物質を燃やすことを禁ずる、みっつ、鉄以外の重金属を薬品として使うことを禁ずる――」


 話しながら、リュウは足元の作物を引き抜いた。

 ごろごろと、白く丸いものが土の中から出てくる。


「――ジャガイモ、という。保存性がよく、消化もいい。コメがない時の俺たちの主食だ」



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