出会い
「……まさか、女だとは思わなかったぜ……」
不意に後ろから声が聞こえ、ニナは慌てて頭部装甲をかぶり直した。
『な……何のことだね。イベントで会っただろう? 私は大谷慎。リベルティナのパイロットだ』
頭部装甲に仕込まれた外部拡声器から、若い男の声が流れ出す。
だが声の主は、確信に満ちた声で続ける。
「なるほど。電子変声してたんだな。すっかり騙されたぜ」
ニナが恐る恐る振り向くと、そこにはSHOU……いや翔がいた。
二十メートルほど離れた大木の根元に、足を投げ出してよりかかっている。
右腕で反対の肩を押さえているところを見ると、かなり大きな怪我をしている様子だ。
『た……立てないのか?』
「変声やめろって。まあ、あんな状況だからな。生きてるのが自分でも不思議だぜ……へへ……」
翔はそう言って笑うと、肩で息をついた。
たしかに、二度もカニスルプスの巨大な顎にとらえられ、牙に裂かれることも嚙み砕かれることもなく、また落下の衝撃で死ぬこともなかったのは、僥倖以外の何物でもない。
『…………じゃあ、女の声にするけど……私が巨獣だってのは、わかってたの?』
ニナは、変声機を調整して声を女性ものにした。だが、自分本来の声より敢えて低めに設定する。
本来の声を聞かせるわけにはいかない。もし、声で自分の正体がばれれば、ここから帰れても、これまでのようにチャットできなくなってしまう。
だが、女性の声に変わったことで、翔は納得した様子だ。
「巨獣……ってぇか巨人、だよな? 気になって調べたんだよ。ラットゥスは大昔、『ネズミ』って呼ばれてた生き物によく似てる。その他の巨獣にも、よく似た古生物がいる。もし、でかくなった動物が『巨獣』だっていうなら、同じことが人間でもあり得るんじゃねえか……ってな」
『ふ……ふうん』
ニナはひそかに感心した。
チャットで話していた時から、聡明な印象は受けていたものの、ここまで鋭いとは思っていなかったのだ。
「違和感を持ったのは、お前がラットゥスにやられた時、だな。肩押さえたろ? 機動兵器がそんなことするわけねえってな。それに、イベントの時の質問への答え」
『え……ちゃんと答えたよね?』
「ばか。今の技術じゃ、どんな高性能電池でも、でかすぎてリベルティナにゃ積めねえ」
『そ……そんなの、やってみなきゃわかんないでしょ』
「実際やれてねえから、中身がお前なんだろ? それに『人型にした理由』もお粗末。『フレキシブルに対応する』ために複雑すぎるもの作るくらいなら、それぞれに特化した車輛をたくさん作った方がコストは安い」
『だ……だから一機しかないわけで……』
「それも不自然。開発に使われたはずの基礎技術が、どこにも発表されてない」
『も……もう分かったよ。でも、これからどうする? バイオームから出る方法なんて……痛ッ⁉』
ニナは、ふいに首筋に痛みを感じた。
手をやると、頭部装甲と胸部装甲の隙間に、筒状の何かが刺さっている。ドラム缶を二つ重ねたくらいの筒に、太い針が付いたもの。それが、どこかから飛んできて刺さったのだ。
さっき外したせいで、頭部装甲が完全には装着されていなかった。その隙間を狙われたのである。
『な……何コレ……?』
何かを言いかけて、そのまま意識が遠のいたようであった。膝をつき、地面に両手をついて、そのままうつぶせに倒れた。
「何だ⁉ リベルティナ⁉ いや『大谷』か? なんでもいい‼ おい、しっかりしろ‼ こんなところで寝るな‼」
翔が叫ぶが、もう返事はない。
何者かは知らないが、攻撃と判断していいようだ。だが、こちらには武器も体力も残ってはいない。翔は覚悟を決め、折れた足で立ち上がり、両手を上げた。
「俺たちに抵抗する気はない‼ あと、こんなでかくても、こいつは女だ‼ 殺さないでやってくれ‼」
「ああ、わかってる」
周囲の森がざわめき、声の主らしき人影が現れた。
そして、それに続いて姿を現したのは、体長7~8メートルの毛むくじゃらの大型生物であった。よく見ると、その大型生物は、木製と思しき巨大な車輛を引いている。車輛には、やはり木製の、弓とも投石機ともつかない大きな装置が乗っていた。
その周囲には、さらに数人の人影。
どうやら、先ほどの大型注射器は、その投石機のような形状の装置から発射されたものらしかった。車輛を引いている大型生物は、焦げ茶色の剛毛を全身に生やし、背中はまるで山のように盛り上がっている。二つに割れた蹄。正面を向いた鼻孔。口元からは三日月のように反り返った両牙がのぞいていた。
「殺したりはしない。あの注射も善意だよ」
先頭に立ち、大型生物の引き綱を引いている男が言った。
「善意……だと?」
警戒を解こうとはしないまま、翔が言う。
「そう。本来は、あの『犬神』に打つはずだった注射だ」
指さす先には、血に染まって斃れたカニスルプスがいた。
「どういうことだ」
「説明は後だ。まずは――」
男は言いながら、手に持った銃を発射した。
軽い衝撃があり、翔の肩にも小さな注射器が刺さる。
「――君にも同じ処置が必要だ」
「て……てめえ……」
翔は肩を押さえたまま、膝をつき、そのまま前のめりに倒れこんだ。